今年も夏が来た。夏になれば夏フェスが来る。そして当ブログの夏フェスといえば、サマソニである。

とか言いながら、ここ2年参加しておらず。

どうして参加しなくなったのか、という話は、今日のテーマと深く関わっているので追って話す。

サマソニの”問題”といえば、「洋楽フェス集客難しい問題」がよく話題になる。

散々言われている事だが、昨今洋楽が聞かれないから大物海外アーティストをブッキングしても人が集まらない→アーティスト側自身が来日を避ける+ギャラが釣り合わなくなる、という負の連鎖が起きている。加えて円安や世界的なメジャーアーティストのギャラ高騰問題が加速し、正直今の日本はまともなビッグアーティストを呼べる状況ではなくなっている。

そこで打破する方法として、ギャラ分を埋める集客方法を別で設けるということだ。ようするに「推し」の力を借りる事で集客をカバーしている。

そして、洋楽ファンはことあるごとに「フェスにもライブにもいかないからシーン自体がどんどん先細っていくんだ」と問題の矛先を向けられる。お前らがフェスに行ってればこんなことにはならなかった、という論調は、サマソニ2018年のラインナップを引き合いに何十回も何百回も語られている内容だ。

それは確かに事実なのかもしれない。ただ個人の感情ベースに話をすると、真夏の40度近い、立ってるのがやっとの死ぬ思いで行くフェスに興味も関心もないアーティストしかいないのに無理して行くほどお人よしではないし暇でもない。そのフェスが集客面で苦しいからってとりあえず2万払って灼熱の下でよくわからないバンドを聞いて「でもこれで未来の洋楽フェスへの投資になるんだ」って、別にそういう考えの人がいてもいいけれど、私にはなかなかできることではない。

好きなアーティストがいれば行くし、いなければ行かない。その選択に難癖つけられる筋合いはないし、ましてや私たちのせいでもない。それでサマソニが潰れるなら、別の資本のある企業がそこに参入してくるかもしれない。ノウハウやコネクションがかなり強いジャンルらしいのでそう単純ではないかもしれないが、一風堂が潰れたって一風堂みたいなラーメン屋はまたできる。一風堂が潰れないようにおいしくもない新商品を食べ続ける義理はない。

この動画はまさに「行きもしないくせに文句ばっか言うお前らより推しの出演が発表されたら何が何でも買ってくれる彼らの方がフェスにとってありがたいのは当然だと主張する。それは当然正しい回答だ。とはいえ、本当にその正論でいいのだろうか、という疑問も残る。

洋楽ファンを推し活している人たちと比べて”ケチ”だと表現するのは納得できない。

昨今推し活ブームで麻痺しているが、考えてみれば推し活してる人たちの金の使い方はハッキリ言って異常だ。異常だからこそ”推し活”と呼べるのかもしれない。私たちには普段の生活がある。自分の給料の大半を推しに使えるほどに余裕はない。

サマソニに推しの出演が発表されたら東京だろうが福岡だろうが真っ先に駆けつける推し活者は、とにかくお金の優先的な使い道を推しに充てる。実態は人それぞれなので、すごい稼ぎが良くて余剰分を推し活に充ててる人もいれば、少ない稼ぎでも家賃と食費を最低限にして全て推し活に充てている人もいるかもしれない。いずれにせよ、その使い方はマジョリティではないだろう。

そのマジョリティではない異常な使い方を基準にされると戸惑う。仕事は何が何でも休んで、暑かろうが寒かろうが一日中ずっと最前で待機するその熱量を基準に、暑くてフェス自体に行くことすら躊躇する人たちをケチ、行動力が遅い、気前が悪いと評するのはなかなかしんどい。(たとえ海外のフェスと比べてたとしても)

最近、何でも企業は推し活の人たちを頼ったビジネスモデルにしすぎなのでは、という心配すら浮かぶ。たしかに手っ取り早いのかもしれないけれど、あれは外れ値であることは忘れないようにしたい。推し活者にチケット買ってもらえれば解決じゃん、と方針を変えてしまうのは、今は問題を解決できても、結局洋楽フェスに洋楽ファンは戻ってこないままだし、推し活の人たちが増えすぎることで行く気すらなくなる。現に今、推し活たちの地蔵問題などは全く解決される見通しがない。なぜなら彼らは話を聞く耳を持っていないように感じるからだ。やめてね、譲ってね、と言ったところで聞くとは思えないし、事実そのお願いはなかなか聞き入れてもらえない。私の推しが18:00から出演だけどせっかく来たなら色々他のアーティストみて素敵なアーティストも見つけて推しもそこそこのところから見てフェス満足!なんて理想を描いたところで現実はそうはいかない。推しのためなら他人を押し退けて、交通整備なんか無視してコーンや柵はなぎ倒して最前を陣取って推しのために体力温存するために床に座り込むのが合理的な行動だと思う。それくらいの熱量がないと全グッズ一個ずつ買い揃えてコラボグッズは手当たり次第買ってガチャ回しまくれない。普通は躊躇するそのリミッターが外れてこそ推し活だ。そしてそれが素敵だとも思う。(マナー違反や問題行動を起こす行為自体を美化するつもりはない)

ここまで書いて、当然推し活にもグラデーションがあって節度ある推し活をしている人もたくさんいることは併記するが、そんな推し活と私たちを同列で比べて「推し活してる人たちに比べてお前たちはケチだなぁ」と言われて果たして納得できるだろうか。私、ほかにやることあるんですよ、というエクスキューズはつけられないだろうか。

もちろん、互いがリスペクトできれば素敵だと思う。私たちも推し活してる人をリスペクトしたい。たまらなく好きなんだよね、生きがいなんだよね、そんなに好きなんだからそりゃ多少は最前キープしたいよね、くらいの気持ちは持ちたい。最前列の完全入れ替え制は少し酷だよね、とは思いたい。

そしてもちろん、ほんとうそうやってしぶっていると結果的にシーンが縮小してしまって、自分の見たい海外アーティストがみられないことになるかもしれないことも無視はしない。実際問題この事実をどう受け止めればいいのかはわからない。解決方法も思い当たらない。いろんなひとがおもいついたことをこうだと断言する内容が散見される。ただそのどれもが明確な解決策だとして広まったことはない。

どうすればいいのだろう、と考える。答えは出ない。行きたくても仕事や家庭が忙しくて行けないライブもたくさんある。好きなアーティストなのにあきらめざるを得ない時がある。しかしそれを他人から「その程度の熱量なんだね」と測られるのは気持ちが良くない。洋楽フェスが推しのおかげで成立しているなら感謝こそすれど、非難はできない。ただ、自分に責任を押し付けられているように感じるその論調だけは、ずっと受け止めないまま、そうなんだろうか、という気持ちでいたい。だって自分の人生だもの。