毎日新譜を追いかける。日々新しい曲が生み出されそれをとにかく消費していく。複数回聴ける曲は少なくて、大体が一回限りの出会いだ。二度と聞かない。ましてや去年リリースの曲になった途端優先順位はグッと下がる。とりあえず今年の曲。今の曲。


おそらく多くの人がこのスタイルを「かわいそうな人だ」と嘆く事だろう。それが理想的な音楽の摂取の方法だと思う人はまずいないはずだ。

「そんなに追われててしんどくない?」「それは昨今のサブスク世代の弊害だ」「音楽が消費されていく」「もっと音楽を大切にしろ」

いろんな記事で読んだ。いろんなツイートを見た。大体こういう論調だ。私は音楽を雑に消費する悪しきリスナーなのだ。だってみんながそう言うから。

もちろん自分でもこの聴き方が理想的だとは思わない。でも自分にもこの聴き方には理由がある。単純にそれが楽しいからだ。知ってる曲を何回も聴くより、どんどん新しい曲をストックして消費して知識としてインプットしていくのが面白くて興奮するからだ。自分で一番楽しい聴き方をしている自負があるので、他人に「それは正しい音楽の接し方ではない」と咎められても困る(別に直接咎められたことはないが)。

でも繰り返すが理想的だとは思っていない。「お前は音楽を聴いてるんじゃない、情報を聴いてるんだ」という耳の痛い忠告が頭に浮かぶ。ムムッ。

だから今年は、一度ちょっと気になったアルバム等は聴きかえす時間を作るようにしてる。気になった曲はプレイリストに詰め込んでもう一度触れる機会を作る努力をしている。

おかげで、今年は少しじっくり作品を味わうことができていると思う。


新譜を追い続けるスタイルはあまり共感されづらい。そして仲間が少ない(Twitterにはたくさんいるのにね)。音楽が好きな人と出会っても、今の音楽なんてちっとも興味ないなんて人もたくさんいる。ずっとレッチリについて語りたがる人がいる。ずっとプライマルスクリームを好きな人がいる。それ自体は悪くないが、話が合わない。ビリーアイリッシュをギリギリ名前知ってますなんて感じにされると「いやもうそれ音楽好きじゃないでしょ」とか思ってしまう。それもまた勝手な押し付けだ。



その点Twitterは素晴らしい。自分よりも音楽に詳しい人がたくさんいるからだ。自分より知識が豊富な人がいない世界はつまらない。それを満たしてくれるのがTwitterなのだから、依存の警鐘を鳴らされようが手放せるはずがない。現実世界はあまりに情報不足で退屈なのだ。

話はそれたが、自分の音楽の摂取のスタイルは見直すところもあると思う。なにより、友達が時にこぼす「最近山下達郎が好きだわ」に憧れる。新しい音楽なんかに流されない、普遍的な名曲を摂取する余裕があり音楽的な教養がありますよ、とでも言いたげな「最近山下達郎が好きだわ」が私も言いたい。世間の言う「本当に音楽を愛している人」はこういった人を指しているのだろう。私は軽薄で、山下達郎好きは大人で本当に音楽を分かっている。そんな風潮に悔しくもあり憧れもする。

ということで70年代の音楽とか振り返る時間を作ろうかと思う。
何かおススメがあったらいつだって教えてほしい。Twitterで待っている。
それだけの話。