深夜に一人でテレビで赤い公園のラストライブを観ていると、一日の疲れと家の中というリラックス環境のせいか、途中でウトウトして眠ってしまった。

起きたら石野がMCをしていた。大きな笑顔でシンと静まり返ったステージで時間と対峙していた。

シャワーを浴び、一度気持ちをリフレッシュしてから巻き戻して再開しようとする。しかしふと自分の胸の内にあるモヤモヤに気付く。ああ、これはなにか夢を見たのだなと理解する。特に悲しい夢だ。いつも私は悲しい夢をみると胸の奥がモヤモヤする。例えば昔好きだった子が結婚して出て来たり、愛犬がいなくなったり、そういう悲しい夢を見たときに起きる現象なのだが、今回のモヤモヤがどんな夢だったのかしばらく思い出せずにいた。

湯船につかりながら、「あ、赤い公園だ」と気付いた。このモヤモヤの正体は津野米咲についての夢をみたからだ。彼女たちが夢に登場したかは定かではないが、根拠のない確信がある。彼女が亡くなった時のことを夢に見たのだろう。しかもそれは決して有名人の遠い死ではない。まるで友達のような距離感のある悲痛な感情。残されたメンバーの心情を慮って胸が裂けそうになる。そんな夢を見た。いったいこの半年、彼女たちは何を考えどう生きてきたのだろう。どんな思いでステージに立っているのだろう。そんなことが頭を支配する。

石野は冒頭からピッチが安定せず、やはり緊張やブランクもあるんだろうなと思っていた。しかし次第に落ち着いてきて、後半には気にならないほどまで修正できていた。特に感じたのは、石野自身が加入した後に作られた楽曲は石野が凄く歌いやすそうにしていたこと。津野はきちんと彼女の得意な音域を把握してそのレンジで作曲していたのだと思い知らされる。「夜の公園」なんかは名演だった。

サポートギターにtricotのギタリストであるキダ・モティフォが参加していたが、ほぼ同期であるtricotから駆けつけてくれたのは感慨深いし、またジャンルが違いながら同じ女性バンドとして切磋琢磨してきた仲間のサポートは心強かった。考えうる最強の助っ人だ。そしてキダのギタリストとしての立ち振る舞いがかっこよすぎて、「うおおギタリストだああ」という謎の感動を抱いた。元々tricotは大好きだったけど、こうやってキダひとりにフォーカスしてみるとますますtricotのかっこよさ、キダのかっこよさを再発見できた。

それと同時に、赤い公園はギターロックバンドだったなと改めて思った。超絶技巧がちりばめられているわけではないが、印象的なリフ、切れ味がえげつないカッティング、常人の発想ではないメロの展開。ダークにもアートにもポップにも変化自在なギターセンスはやはり津野の唯一無二の特性だろう。もちろん藤本の動きのあるベースも歌川の手数の多いリズミカルなドラミングも大好きだが、語弊を恐れず「赤い公園はギターロックバンド」と言い切れるのは3人が解散を決めた理由が「米咲がいなきゃ意味がない」と感じたところに集約されているとおもう。

例えばBUMP OF CHICKENの「ユグドラシル」が最高のギターロックアルバムと言えるのだとするなら、赤い公園の「公園デビュー」はそれに匹敵するギターアンセムアルバムだ。「急げ」のような楽曲は赤い公園の魅力が溢れている典型的な例だろう。

正直まだ赤い公園は伸びしろだらけだったと思う。まだまだな部分もあったし、だからこそもっと良くなる未来しかなかったし、事実石野加入直後と曲をリリースした後ではまとまりも段違いだった。石野がこぼした「東京ドームには行けなったけど」は確かに難しかったかもしれない。

それでもお世辞抜きで赤い公園はシーンを変えたと思っている。少なくとも赤い公園のスタイルでバンドをやりたいと思った人は多いはずだ。数やステージの広さではない、可視化のできない影響力というものを赤い公園は与え続けた。エモーショナルになるとどうしてもつい過大評価気味に書いてしまいがちだが、本当にそう思っている。

「米咲は心配性だから車で先にあっちの世界を下見してきてるんじゃないか」

「生きている人は物語のページを自由に書き加えることができる」

と冷静に語っていた藤本。生きることについて真摯に向き合った結果なんだろう。12年を語りつくすことははるかに難しく、それは歌川の涙に凝縮されていた。最後までしんみりせず「黄色い花」と「凛凛爛々」で締めたことはなによりの彼女たちの決意であり覚悟でありけじめである。

人前に立って演奏して大きな歓声を浴びる。それは私たち一般人には経験しようのないことで、かけがえのない思い出になるはずだ。間違いなく一生忘れることのない光景だろう。それゆえに燃え尽きてしまう人がいたり、もう一度その経験を味わいたくて時に節操のない方法で復帰を果たそうとする人もいる。その中で彼女たちは解散を選んだ。赤い公園という思い出は米咲とともに眠りにつかせる。

赤い公園というバンド、津野米咲という音楽家という記事も書いたが、自分にとってこのバンドは圧倒的唯一無二の存在だった。できることなら生でラストライブを観たかった。2018年末にみた初々しい新体制の頃からどれだけ成長しているのかリアルに観てみたかった。それが緊急事態宣言下でかなわなかったのは残念だが、ラストライブで遠征してクラスターおこしちゃいましたなんて赤い公園の顔に泥を塗るような失態は冒したくなかったので、今回は自宅から配信をみることにした。

あーこれが最後の記事か。書き終わるのが惜しいなあ。いつだって赤い公園の紹介記事は書けるけど、二度と生の感想を綴ることはできないというのはいっぱしの書き手としてもすごく寂しい。前回は津野米咲とのお別れ。今回は赤い公園とのお別れ。いずれにせよ巨大な喪失感と向き合う時間が必要になる。

それでも「黄色い花」を選んだことをくみ取り、「幸せは出逢いと別れで出来てる」という言葉を真摯に受け取るのならば、決して後ろ向きな姿勢でいてはならないはずだ。

誰かへの笑顔と涙で出来てる。

ありがとう。