本年のアカデミー賞において作品賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞など、12部門をノミネートされている本作品。いったい何部門受賞するのか今から楽しみだが、まずは鑑賞しておく必要があるだろう。

「ピアノ・レッスン」で女性監督として初のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したジェーン・カンピオン監督が、ベネディクト・カンバーバッチを主演に迎え、1920年代のアメリカ・モンタナ州を舞台に、無慈悲な牧場主と彼を取り巻く人々との緊迫した関係を描いた人間ドラマ。大牧場主のフィル・バーバンクと弟ジョージの兄弟は、地元の未亡人ローズと出会う。ジョージはローズの心を慰め、やがて彼女と結婚して家に迎え入れる。そのことをよく思わないフィルは、2人やローズの連れ子のピーターに対して冷酷な仕打ちをする。しかし、そんなフィルの態度にも次第に変化が生じる。カンバーバッチがフィル、実生活でもカップルのキルステン・ダンストとジェシー・プレモンスがローズとジョージをそれぞれ演じ、ピーター役はコディ・スミット=マクフィーが務めた。2021年・第78回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞。2022年・第94回アカデミー賞では作品、監督、主演男優、助演男優、助演女優、脚色などの主要部門ほか計11部門で12ノミネートとなり、同年度の最多ノミネート作品となった。Netflixで2021年12月1日から配信。それに先立つ11月19日から一部劇場で公開。

映画.comより

まずはなんといってもベネディクト・カンバーバッチの存在感だろう。圧倒的な恐怖の対象。威圧的な当時にしても古臭い男性像を”演じよう”とする主人公フィルを演じ、ジョニーグリーンウッドの不穏な音楽と雄大な景色とともに作品の世界を作り上げている。

男らしさ、男としての生きざまという価値観が深く根付いている世界だが、それは時に排他的になり、団結よりも迫害が横行してしまう。そしてこの映画の肝は、その象徴でもあるフィルことそがその価値観に揺らいでいる男性であるということだ。ひとりこっそりと小さな小屋の中でそれは行われている。

明確に「主人公」が誰なのかという点は明らかにされませんし、物語を最後まで見届けたとして観客に委ねられています。ただ、この映画は、4人のうちの誰かに「肩入れ」してしまうと、均衡が崩れしまう設計になっているのです。つまり、作り手の側としては、如何にして4人の誰にも感情移入させないかが重要であり、同時に等しく4人に感情移入させるかが重要になってくるわけです。

ジェーン・カンピオン監督は、そうしたバランス感覚に優れており、登場人物と観客の距離感を徹底的に保ち続けることで、作品に複雑な豊かさと味わい深さをもたらしていました。とりわけ、終盤の展開については、フィルとピーターのどちらかが明白に「主人公」として描かれていたとすれば、実に単純で表層的な映画になっていたことでしょう。

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シンプルな構成ながらつかみどころが難しく、だれから語るかによっても大きく印象が変わりそうな本作は、だからこそ不穏さが延々とつきまとう。ひやひやするし、どきどきする。どこで崩れるかわからない、いや、もしかしたらもうすでに崩壊しているかもしれない。その薄氷を踏みしめるかのように展開されるこの物語は、アカデミー賞を受賞して当然の出来である。

ちなみに、この映画にまつわる騒動に、サムエリオットという俳優の本作批判がある。以下引用。

先月末俳優のサム・エリオットがあるポッドキャストに出演、この作品を批判した。エリオットは1969年に映画『明日に向って撃て!』でデビュー、1970年代に西部劇映画で人気を博した俳優。(中略)「あの最低な映画について話したいか?」と話し始めた。(中略)「映画を通して同性愛が仄めかされている」。司会者にそれが作品のテーマだと指摘されると「この西部劇のどこに西部劇がある?」と不快感を露わにした。さらにカンピオン監督について「彼女の前作は好きだ。でもこのニュージーランド出身の女がアメリカ西部について何を知っているっていうんだ?」とコメント、彼女がカウボーイを理解していないと批判した。(中略)「あの映画を見たとき『一体何なんだこれは? この世界で我々はどこにいるんだ?』と思ったよ」。西部劇だけでなくリアルなカウボーイの生活の中にも同性愛的な要素はないと批判した。

これに対してカンピオン監督を初め『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の関係者は反応していなかった。しかし先週末BAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)が開催したオンラインセッションにカンバーバッチが出演、エリオットの批判について触れた。彼は「ポッドキャストで放送されたとても奇妙な反応について何も言わないように努力している」「この作品における西部の描写に非常に気分を害した人がいる」とコメント。エリオットの発言をポッドキャストで聞いたわけではなく、新聞で読んだだけだから「それについて語るのはアンフェアだ」と断った上で性的な葛藤を抱えた牧場主のフィルのような人物は「私たちの世界にまだ存在している」と話した。

カンバーバッチは「あのような反応、つまり異性愛者以外の存在になりうることを職業や生まれを理由に否定すること以上に、いまだに同性愛や他者、あらゆる種類の違いを受け入れることに対する不寛容が世界全体にある」と指摘、「何が男性たちを毒し、有害な男らしさを生み出しているのかを理解しようとするならばフィルのようなキャラクターが被っているフードの内側を見て彼らの闘いがどのようなものなのか、そもそもなぜ闘いが存在するのかを知る必要がある。そうしなければそれは繰り返され続けるからだ」と続けた。「玄関先、道端、バーやパブ、スポーツ会場であってもそこで出会った人の攻撃性や怒り、フラストレーション、自分をコントロールできない、あるいは自分が何者であるかを理解できないことが、本人にも周りの人にもダメージを与えるんだ」。

ベネディクト・カンバーバッチ、西部劇俳優サム・エリオットの批判に応戦「理解しなければ有害な男らしさは繰り返される」

ぜひとも映画が好きな人なら見ておいてほしい作品だ。