「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」の巨匠クリント・イーストウッドが、2015年にヨーロッパで起こった無差別テロ「タリス銃乱射事件」で現場に居合わせ、犯人を取り押さえた3人の若者を主役に、事件に至るまでの彼らの半生を、プロの俳優ではなく本人たちを主演に起用して描いたドラマ。2015年8月21日、オランダのアムステルダムからフランスのパリへ向かう高速列車タリスの中で、銃で武装したイスラム過激派の男が無差別殺傷を試みる。しかし、その列車にたまたま乗り合わせていた米空軍兵のスペンサー・ストーンとオレゴン州兵のアレク・スカラトス、そして2人の友人である青年アンソニー・サドラーが男を取り押さえ、未曾有の惨事を防ぐことに成功する。映画は、幼なじみで親友同士のスペンサー、アレク、アンソニーの3人が出会った少年時代や、事件に遭遇することになるヨーロッパ旅行の過程を描きながら、ごく普通の若者たちが、いかにしてテロリストに立ち向かうことができたのかを明らかにする。

 
冒頭に「昔は問題ばかり起こしていた」と語る3人だが、決して悪だった3人は実は心の優しいヒーローだった、みたいなよくあるヤンキー論ではない。むしろ悪だったというよりは、うまく自分の感情をコントロールができなかっただけで、学校側にも問題はあった(ような描き方だった)。この映画を監督したクリントイーストウッドは言うまでもなく名優であり大監督だ。しかし彼の描く映画はアメリがカ至上主義的でちょっと偏屈爺みたいな出演の仕方もあいまって、最近の若者に対してネガティブなイメージ持ってそう、ずいぶん勝手な想像をしていたのだけど、この映画をみて、イーストウッドのこの3人に対する真摯な姿勢は私のお菓子な想像をぶち壊してくれた。彼自身も、彼ら三人と同じような問題ばかり起こす子供で、同じサクラメント出身という事もあり、共鳴したんだと思う。

映画の構成は、前半が幼少期の回想、中盤が列車に乗るまでのイタリア旅行記になっている。これだけじっくりと3人の幼少期からイタリア旅行の道中をみせられると、彼らの人生観とか生きざまとか性格とか、そういった細かなところに共感を覚えてしまう。事件が起きるのはかなり後半からだけど、そこからの彼らの一挙手一投足にがんばれ!!って応援したくなる。人を助けるために軍を志願して、それがかなわなくて。でも今回こうやって命がけの行動で多くの命を救うことができた。彼らは誇らしげでも得意げでもなく、むしろ何かを噛み締めるような、ひとつ悟ったような顔すらしている。なんだろう。胸が熱くなる。そして英雄的な行動をした彼らを演じるのはまぎれもなく彼ら自身である。つまり再現ドラマを本人でやっているのだ。というか彼らだけではない。撃たれる人も、撃たれた人の奥さんも、その場にいたもう一人の男性も、みんな本人だ。だからこそのリアリティがある。だからこその表情がある。
 
ただ、とても尺がリアルで、一人が打たれてからの止血シーンが通例の映画より長い。グロくはないけど、やりとりがリアルで長い。ちょっと痛そうでしんどくて、ううっと声を漏らしてしまった。でもその誠実な姿勢がしっかりと長尺で納められているからこそ彼らに見入ってしまう。

ちなみに、素人の演技でも、日本語だとどうしても演技の粗さが目立ってしまうんだけど、第二言語である英語はさすがに際立っては分からない。そしてイーストウッドの撮り方のうまさがどんな演技でも見るに堪えてしまう。雰囲気作りもうまいのだろう。とにかく全員がマックスの演技をしていた。でなきゃ彼らは相当演技の才能がある事になる。
とにかく余計な描写がない、事件が起きてからの迅速さは神レベル。リアリティだけを追求しているので、迷いとか葛藤とか回想とかもなく、ただその一瞬一瞬の状況判断で全てが動いていく、そのスリルさもある。全部わかりきっているのに、旅の道中もなにひとつ事件も起きないのに観ていられるのは、イーストウッドの技術と、彼らの人柄こそだ。あんな旅のシーン、日本のケーブルテレビでもなかなかやらない。ケンカもしないし、ヒヤッともしない。ただうらやましいくらいだ。
イタリアは私も20の時に行ったので、あの興奮は覚えている。そういう共感もありつつ、じっとみていた。非常に満足度の高い、面白い映画だった。てっきりTaxiシリーズみたいな映画だと思っていたので、びっくりした。おすすめです。