10年。私がまだ高校生だった10年前の2008年は「kiss a girl」を発売したKaty Perryの年といってもよかった。ポップアイコンとして消費された彼女の真価はこのブームの後にある。彼女はそれをよく理解し、そして実行した。
その後、「California Gurls」や「Firework」「E.T.」などヒットを連発し、若きシンガーは総資産100億を稼ぎ出す文句なしのトップアーティストとなった。

一億枚のレコードを売り、歌えば世界中が喜びの叫びをあげるようなそんなアーティストになった彼女は、その都度日本にやってきた。
2011年、2015年と2度にわたり日本で公演を行ったが、会場はzeppに東京体育館。今回のさいたまスーパーアリーナは史上最大の規模である。そして最低価格が1万円からと、彼女の価値の大きさに驚く。
彼女は時代とともに音楽やスタイルを変えてきた。セックスオンザビーチだった彼女も、10年かけてプライベートナイトプールで滴る女になった。もう日焼け姿の彼女はいない。どこまでも艶やかで、でもタフネスな姿を今回のライブで見せてくれた。
客層はそれでもセックスオンザビーチの彼女を求めていた部分もあった。カラフルでキャッチーで。それはケイティ自身がよくわかっていたのだろう。ライブの前半では余す事なくそのカラフルな彼女も見せた。

今回のツアーアルバム「witness」とは目撃者、の意味であるが、まさに私たちはこの10年で彼女が一体どこに上り詰めたのかを改めて目撃することになった。というか彼女が自ら示してきた。あまりに強靭でタフネスなライブパフォーマンスと楽曲は、さいたまスーパーアリーナには場違いとも思わせるほどだった。
最初は様子見だった彼女も客も、少しずつ距離を近づけていく。10年で到達したポップス界の頂点から見た景色はどんなのだろう。彼女の10年分の思いがギュッと詰まっているように思えた。いや、そう思わせることに成功した彼女がテクニシャンなのかもしれないが、現に私はまんまとハマった。
前半にアンセムを、中盤で新作witnessから何曲か披露した。witnessを聴いた時、ミドルテンポの多さに戸惑いつつ、時代に迎合した相変わらず彼女らしい作品だと思ったと同時にポップスターがこの地味(になりがち)な曲をどうライブで散りばめて映えさせるのか、気になっていた。結果は、やはり彼女の方が何枚も上手だった。バンドスタイルにする事で音に生感が生まれビートが乗っかる。派手なアクロバットダンスが飛び交う中、彼女は常に真ん中で凛としていた。あの時ほどマイケルジャクソンを彷彿した時はない。おそらく多くの人がそれを意識しただろう。エレクトロシンセと生バンドのクラシカルな融合とマイケルジャクソンさながらの雰囲気で圧倒するスタイル。ケイティペリーという歌手を完全に甘く見ていた。一挙手一投足が歓声に変わり、静と動が絶妙なバランスで織り交ぜられている。これぞエンターテイナーだと膝を打つしかなかった。

後半に入ると、アコースティックな曲を一曲弾き、続けて壮大なバラードを歌い上げる。息を飲むように彼女の執念にも近い尾ひれを残した美声はひたすらに会場をグルグルと回っていた。
度々出てくる小道具やセットは可愛いとダサいの境界線上をフラフラしていた。街中であのセットを見かけたら間違いなくダサいと切り捨てていただろう。しかしあの場であれをダサいと言った人は一人もいないに違いない。それはケイティ自身のカリスマ性そのものの強引な力によって成立していたからだ。その時ふと「ああ日本にはいないなぁ」と思ってしまった。きゃりーぱみゅぱみゅをすぐに思いついたが、彼女の可愛いはまだまだ攻めきれる可愛いだ。下手してもダサいには転びにくい。ケイティの方がよっぽど危うい。優劣をつけるつもりなどないが、きゃりーにはまだ攻める隙間があるのではないだろうか、と考えた。

「HOT N COLD」では、胸に電光掲示板をつけHOTとCOLDを表示させ「how do you say “hot” in Japanese?」と聞き「アツゥーイ!ツメタァーイ!」と連呼するなどサービス精神旺盛。

「あなたは悪魔ね!」と罵って踊り場でサメ(スーパーボウルで登場したものと同一)と取っ組み合いのケンカをしたり、突然客の男性をステージにあげ一口その場で飲んだ水を彼にあげたり、彼女のサービス精神はとどまる事を知らない。あんなに嫉妬の嵐が起きたライブは初めてみた。

何度も言うように、彼女はポップス界の王者になって帰ってきた。それを彼女は証明したかった。世界各地に自分の成長を伝えたかったのかもしれない。最後に「roar」をやったのはとても示唆的だった。
i am the champion. you’re gonna hear me roar.
と高らかに宣言し帰っていった彼女は、あの最後が全てだったのだろう。まさに吠えていた。

ケイティほどのプロダクションに口出しできるだなんて到底思ってはいないが、しかし中盤まで重低音の物足りなさを感じていた。まぁ、こんなこと言う奴は織り込み済みだったのだろう、後半「swish swish」などは最高にドープでクレイジーだった。ニッキーミナージュのイラストがステージ正面のスクリーンに映し出される傍でケイティたちは縦横無尽に踊り尽くす。「swish swish」はケイティをディスったテイラースウィフトへのアンサーソングになっており、彼女の本音が見える。

they know what is what.
do they know?
but they don’t know what is what
they just know what is what

また、今最もノリに乗っているmigosを客演に迎えたbon appetit(日本語で召し上がれの意)は今日のライブのハイライトのひとつだったろう。これこそ今の彼女の最新型で私たちのケイティ像をアップデートした瞬間だった。カリフォルニアガールズではsnoop dogを、bon appetitではmigosを。それぞれ旬なラッパーを取り入れるのも彼女ならではの強みだ。

ケイティのステージはロックを忘れていない。過激なギターソロも混ぜ込み、ここ数年力を入れているディープなエレクトロサウンドも存分に披露していた。これでどう飽きろというのか。
全編通して思うことはセットリストが完璧だったことだ。それは決して好きな曲をたくさん聞けたという事ではない。選曲ももちろんだがその構成とストーリー性が素晴らしかった。冗長になるのかと不安だったwitnessのアルバム曲も見事に散りばめて誰一人飽きさせることなく1時間40分を戦いきった。

長々と書いたが、はっきり言って海外のポップアーティストの単独公演史上一番楽しかった。楽しいだけじゃない、その10年のストーリーを感じて感動した。ケイティペリーというアーティストの強靭さ、果てしなく深いエンターテインメント性を強く感じた。さすがのひとことだ。一生忘れないライブになった。

 

ところで彼女は全編通して20回以上「トーキョー!!!」と叫んでいた。ケイティよ、ここは埼玉だよ。さいたまスーパーアリーナだ。外国アーティストによる千葉神奈川埼玉全部東京問題は相変わらず根深い。いや、そもそも区別する必要などあるのだろうか、とも思うがリバプールのやつらにマンチェスター!!って言ったらぶん殴られるだろうからやっぱり大ごとだ。

最後に、本公演の前に流れたSEを一生懸命shazamしたので、ぜひケイティファンはこれらの曲もチェックしてみてほしい。ほとんどが80年代のポップスだった。私が分かったのはプリンスとマイケルジャクソン、ザスミス、シンディーローパーくらいだ。まだまだ勉強できる。

ケイティペリーのライブ前に流れた音楽一覧