自分が大学生くらいだったと思う、阿部真央が登場し、一気に頭角を現したのは。
女の子の気持ちを切実に歌った「貴方の恋人になりたいのです」は多くのファンを獲得し、いまなお人気の曲になっている。わたしも「ふりぃ」は好んで聴いていた。
時が流れて2021年。彼女はカバーアルバムを出した。カバー自体はこれが初めてではないが、カバーアルバムのリリースは初めてだ。私は存在自体は知っていたが、いまだ聞けずにいた。
とある日曜の午前。ラジオはFM802、車内で流していると、阿部真央の話をする浅井博章に耳が止まった。
やっぱこの人は歌が上手いよなぁって事なんですよ。声量とか表現力がずば抜けてるんですよね。やっぱ彼女の場合はそのパワフルなサウンドだとかたまに毒を吐く独特な歌詞とかそういったところが注目されがちですけれども、僕に言わせればですね、この人の歌声が一番すごいんです。今の日本の音楽シーンの場合は海外と比べると自分で曲を作らない歌手というのがなかなか受け入れられない傾向というのが確かにあってね。阿部真央さんも元々はもっぱら歌うことが好きだったんだけど、それだけじゃデビューできないということを知ってそれから曲を作り始めたという経緯があったそうなんですね。そんな彼女が改めて、好きな歌を思いっきり歌うということの喜びを噛み締めて歌う事に専念した一枚が今回のカバーアルバムです。
なるほどと感心した。すばらしい話だなと思った。
確かに世間は彼女を「女の子の”狂気性”と”依存性”を上手く歌った共感系アーティスト」として扱う節がある。事実わたしもその認識だった。あるいはロックシンガーとして、そのバンドサウンドに注目したり、ギターを弾く様にかっこよさを感じたり。そのどれもが偽らざる事実だし、否定する気はさらさらないが、彼女がなにより”シンガー”であることがおろそかだったように思う。
そしてそれを再認識し、今一度彼女の”歌”に注目して一曲目の「ALIVE」を聴く。
えげつない
SIAそのもの、というと語弊があるが、憑依したようなパフォーマンス。
私には割とSIA以降という認識があって、彼女の登場以来、ハスキーなポップシンガーがウケ始めたような気がするのだ。Dua Lipaもそうだし、ヘイリースタンフィールドとかホールジーとか、挙げればきりがないが、SIAの影響かかどうかはともかくハスキーボイスがメインストリームのひとつになっているのは事実だろう。
阿部真央自身もそのハスキーさを活かし、決してモノマネではなく「ここを押さえればSIAっぽくなる」というツボを理解している。「ALIVE」がSIAのための楽曲ならば、SIAのツボを押さえて歌えばより魅力は増すはずだ。それが完璧に実行されている。とてつもないことをやってのけているなと心底思う。それは「奏」を歌えばスキマスイッチだし、「SAKURAドロップス」を歌えば宇多田ヒカル、「ロマンスの神様」だと広瀬香美になる。ちゃんと阿部真央なのに、ブレスやロングトーン、声の絞り方など、些細なところのチューニングがばっちりなのだ。
5年ほど前から新譜を漁るようになって、それと同時に阿部真央の新曲も一通りは聴いていた。「優しい言葉」は今でも一番好きな楽曲だし(いやまじで阿部真央を初期しか知らない人は絶対これは聴いた方がいい)、同アルバム収録の「麹町」といった遊び心のある楽曲も好きだ。一方で結婚や離婚と言ったゴシップで名前を目にすることもあったし、邦楽フェスに行けば割といい感じのところで演奏していたりする。厳しい言い方をすれば、全盛期とは言えないかもしれない。ブームの時代を乗り越え、安定期に突入した彼女は、いい意味で酸いも甘いも経験したベテランシンガーになってきた。正直以前フェスで観たとき、かっこよかったし心底歌うめえ…とはなったけれど、この時代に阿部真央がフェスでこれだけの存在感があることに逆に不思議に思っていたりもした。今なぜ阿部真央なの?って
ただそれはあくまで単なるサウンド面での現代性を加味した事で、むしろそれを阿部真央に当てはめようとしてた自分が愚かだったなと気づく。もっと彼女の本質にフォーカスすべきだったと感じる。全くもって見当違いな目線だ。
カバーアルバムとは、という問題提起はさまざまな角度から語ることができて、なかなか一概に答えを出すことは容易ではない。ただ、一つの完成形として、自分の色を出しながらきちんと原曲にあった形で歌を変化させている、ということが言えると思う。まさに阿部真央がその模範例で、その楽曲によって最適解な歌唱法を見つけ出し習得している。歌上手いでしょ!みたいな披露会に成り下がらず、原曲特有の癖をしっかりと把握し、自分を変態させていく。全くもって驚きしかない。
自作自演のシンガーは、中々歌唱の方に目を向けられにくいのは先述した通りだ。例えば作詞作曲を外部委託しているJUJUは、歌詞よりも本人の歌唱力がフォーカスされやすい。恋愛歌を歌う人、よりもニューヨークでも実力を磨いてきた本格派シンガーの趣がある。阿部真央はどちらかというとそれが弱い。
JUJUと比べてどちらがという話ではなく(あくまで一例なだけだ)、阿部真央単体のシンガーとしての存在をもう一度見つめ直す絶好の機会ではないだろうか。
ただ歌が好きなだけの女の子だった<阿部真央>として原点回帰したくなった
阿部真央、初のカバーアルバムの公式インタビューを公開 このタイミングでカバーアルバムをリリースした理由とは
と語るように、存分に彼女の実力を堪能できるアルバムだし、そしてオリジナル作品に戻ってそのキャッチーさとロックの力強さに惹きつけられるはずだ。