最近、もはやサイコパスにしか見えない松田龍平が、とてもまともな役でほっとする。辞書編集部に転属させられた主人公馬締が、辞書「大渡海」を作るために長い年月をかけて作る映画。時間の経過がこれほど早い映画も少ないが、その分人間の成長がひしひしとつたわってくる、とても素晴らしい映画。
出版社の辞書編集部を舞台に、新しい辞書づくりに取り組む人々の姿を描き、2012年本屋大賞で第1位を獲得した三浦しをんの同名小説を映画化。玄武書房の営業部に勤める馬締光也は、独特の視点で言葉を捉える能力を買われ、新しい辞書「大渡海(だいとかい)」を編纂する辞書編集部に迎えられる。個性的な編集部の面々に囲まれ、辞書づくりに没頭する馬締は、ある日、林香具矢という女性に出会い、心ひかれる。言葉を扱う仕事をしながらも、香具矢に気持ちを伝える言葉が見つからない馬締だったが……。馬締役で松田龍平、香具矢役で宮崎あおいが出演。監督は「川の底からこんにちは」「ハラがコレなんで」の俊英・石井裕也。第86回アカデミー外国語映画賞の日本代表作品に選出。第37回日本アカデミー賞では最優秀作品賞、最優秀監督賞ほか6冠。
引用元: 映画.com
最近はめっきり邦画を見ることも減ってきて、学生時代のサブカル丸出しが懐かしくなるほどだが、ふと「日本の映画が見たい…」と思うようになった。大体そんなことを思うのは自分の心境が複雑なときとか言葉にすることに思い悩んでいる時なので、その感情に全く驚きも疑問もなかった。
特にこの映画は、世の中にある言葉をきちんと定義する、という仕事の人たちの話なので、言葉にはより敏感になる。だからこそ、言葉を散々定義してきているのに肝心な好きな人への告白だったり同僚へのコミュニケーションがうまくできない主人公の人間らしさに触れて心温まるのだ。そのギャップがいい。なるべく言葉ではなく空気感でそのものの定義すらしてしまおうとかんがえているのではと思うほどに絶妙な演出が続く。くどくもなく、あっさりもしない。時間経過が早いので希薄になりがちな人間関係も要所要所でしっかりと時間を使って(そして省くところはガッツリ省いて)描いているので、全く違和感がない。大きな事件もなく、突拍子もないことは起きない。映画にすると起伏が少ないけれど、それはむしろ大海に漕ぎ出した船のような、まさに映画のコンセプトに近い広々とした澄んだ気持ちにさせてくれる。地味で寡黙な作業だけど人一倍熱い想いを持ってただただ頑なに作り続ける。先輩は飛ばされ、編集の先生は病気になる。新しく入った人はシャンパンしか飲まないファッション誌あがり。変わらないのは契約社員の女性だけ。主人公の馬締ですら、歩き方はしゃんとして、挨拶もきちんとこなし、髪型もピシッとしている。13年という月日が教えてくれる人間の変化はとてもおもしろい。
言葉を大事にする人間かと問われればまあそうでもないんだけど、少しは気を使いたいなとは思う。どうせ自分の考え付く言葉は誰かがとっくに言い表した感情だったりするからそんなに気を張って考えることもないのだが、ついこの気持ちをちゃんと伝えたいと思ったりする。
だから2年ほど前から小話を投稿し続けていたりする。誤字脱字も多いんだけど、その時感じる違和感とか逸脱した感情をちゃんと自分なりにまとめていると、200回を超えてきた。実に不思議なものだ。そんなによく書くことあるなって。
別に大層な表現を使わなくても良いし、難しい表現が言えなくてもいい。辞書編集部のように新しい言葉をひたすら拾い上げていく作業もしなくてもいい。ただ、お互いに紡ぎあっていくお互いだけの暗号のような文字と言葉だけはちゃんと明確にして持っておきたいなとは思う。