2年半

友人がおにぎり食って病院へ運ばれたことも懐かしい2019年の全感覚祭を最後にライブが遠のいていた筆者。2020年3月のFoalsのライブがなくなり、2021年5月のRush Ball RとKOBE MELLOW CRUISEがなくなり、9月のSUPERSONICは大阪が中止になり、すっかり意気消沈する日々を送る中で、ようやく、ようやくこぎつけたライブ/フェス、OTODAMA。

今年は5月5日、7日、8日の三日間開催され、その中の1日目である5月5日に参加してきた。OTODAMAは2ステージ制で、交互に演奏するので被りがなく全ての出演アーティストを頭からお尻まで見ることのできる素晴らしいフェスだが、今回私は特にじっくり見たといえるアーティストのみをレポしようと思う。本来は全部見てやろうという気持ちでいたが、後述するが友人とフェスで再開してはおしゃべりしたり、久しぶりの野外フェスに思った以上に体力を消耗して休みを多くとっていたりとそういうわけにもいかない事情があった。それでも本当にすばらしいアクトばかりで、この上ない幸せな時間だった。

羊文学

この日のラインナップは非常に渋いものだった。多くのバンドが90年代に活躍したものばかりで、20年選手がずらりと名を連ねるなかで、2020年代に頭角を現してきたこの日最も新人のバンド、羊文学がメインステージ(大浴場という名の)の一番手として登場。

私も彼らを見るのは3年ぶりだが、その成長ぶりはすさまじく、楽曲の強度とボーカルの塩塚の表現力、そしてコーラスがあんなに広いステージでも見事にはまっていた。ネクストブレイク筆頭候補としてここ数年名が上がり続ける彼らだが、それにふさわしいような堂々のパフォーマンス。MCのふわふわっぷりも人柄が出ていて温かい気持ちになる。一曲目の「あの街に風吹けば」からラストの「夜を超えて」まで、一貫して現在のモードを提示した羊文学。もちろん初期の「トンネルを抜けたら」あたりの作品群も非常に素晴らしいが、この日見れたのが現在の最新の羊文学でよかったと思っている。ポップさは今まで以上に前面に出しつつ、初期から変わらないギターの情緒性、全体をまとう空気感そのものも本質的には変わっておらず、大衆性とオリジナル性の両立が守られている点で非凡さがうかがえる。シンプルなバンド構成ゆえに単調にならないような工夫は必要だしシンガロングできる楽曲も多いわけではないが、立ち姿だけで成立する力強さもあるし、バンドとしてのモチベーションを感じられる利点もある。「あいまいでいいよ」はライブで聴くとより盛り上がれるし、「夜を超えて」のいろんなアーティストの影響を感じられる美しさがラストにふさわしかった。とにかく、彼らが私の復帰ライブの一番手で幸せだった。帰ってきたんだと実感できる。60もあるサイドのスピーカーから鳴るドデカ音楽は内臓を揺らし心臓を高ぶらせる。そうそうこれこれ、その言葉ばかりずっと心の中で繰り返してた。はじめはびっくりした体も次第になじんでいく。どんなにイヤホンの音をあげても感じられなかった感触が2年半ぶりに自分の体内をめぐっていた。

セットリスト
  1. あの街に風吹けば
  2. 砂漠のきみへ
  3. powers
  4. 光るとき
  5. あいまいでいいよ
  6. 夜を越えて

  

クラムボン

5~6年前、意気揚々とクラムボンの単独チケットを手に入れたのに、公演日を一週勘違いし、気づいたらライブが終わっていたという珍事件を経験して以来結局一度も彼らを生で見る機会はなく。でもこうやって初めて対面できた。最高の一言。

クラムボンはなんというか、音を楽しむというか、音を乗りこなしている感覚が強かった。おそらく原田郁子の声質とかバンドのスタイルとかも影響されて「乗りこなす」という言葉にたどり着いたんだろうけれど、熟練の演奏は安心感しかない。事実、ラストの曲で機材トラブルが発生しキーボードの音が出なくなったが、急遽曲を変更し「タイムライン」を演奏。まるではじめからやる予定だったかのようなスムーズな入りと息の合い方。もちろんクラムボンほどのバンドにそんなことでほめる方が失礼だとは思うが、やっぱり今日のラインナップは屈強だなあと改めて痛感した。場数が違う。

「同窓会みたい」と今日の出演者を評したクラムボンだが、おそらくそれは客側にとってもそうで、子供連れも多く、二世代で楽しむ姿が多く観られたこの人のOTODAMA。クラムボンはそれを歓迎するかのような軽やかさとまろやかさがあり、5月とはいえ昼の12時の日差しがヒリヒリする時間帯に涼しさをもたらしてくれた。

セットリスト
  1. 波よせて
  2. ウイスキーが、お好きでしょ
  3. シカゴ
  4. Lush Life!
  5. サラウンド
  6. タイムライン

  

iri

沖縄で開催されたCorona SUNSET FESTIVALで見て以来二度目のiri。あの時の海とiriの相性は抜群だったが、この日見たiriはもっとアーバンだった。逗子出身だからこそ似合う海と太陽、という印象だったiriも、どこにでもビッタリと合わせられるオールマイティなシンガーになっていた。特にロックバンドが多く占めるOTODAMAのフェスで、R&Bをソロシンガーとしてやりきることのカッコよさといい意味での浮き方がなによりかっこよかった。

トラックのかっこよさはもちろん、ステージングパフォーマンスそのものが絵になるiri。絶対的な存在感を放つ歌声と滑らかなライム、自由奔放に拍を使いこなし、緩急つけたライブに。「会いたいわ」のようなまっすぐなシンガーとしての本領を発揮するものあれば、「摩天楼」で魅せるヒップホップ的なアプローチもどれもがiri本来の持ち味で、ライブで活きるアーティストだなと感じた。昼食もかねて後ろで見ていたのだが(前に行けばよかった…)、風で音が右へ左へ流れるのも懐かしいなあと感傷に浸る。とりあえずすべてが”エモい”。フェスのすべてが懐かしさと帰ってきた感であふれている。

セットリスト
  1. はじまりの日
  2. Sparkle
  3. Wonderland
  4. 会いたいわ
  5. 摩天楼

くるり

ぼちぼちやろか、がぴったりの岸田繁がギターを手に取って始めた一曲目が「琥珀色の街、上海蟹の朝」。曲調も相まってチル好きな若者から圧倒的な認知度を誇る本楽曲。この曲の真のおもしろさはコーラスの「上海蟹食べたい」のところではなく、ヴァース部分のフロウだろうと常々思っているが、いずれにせよ良い曲であることに変わりはない。クラムボンを「音を乗りこなしている」と表現したなら、くるりは「音をもてあそんでる」といえるだろうか。愉快にいたずらっぽく音楽をもてあそび、我々をもてあそぶ。「ばらの花」「ハイウェイ」とカラオケランキング順にでも歌っているのかと勘繰るくらいにど真ん中な選曲を続ける。「everybody feels the same」ではなぜか気づけば涙が。泣ける曲だとか特別な思い出があるとかではなく、なぜかもうここでライブを観られていることを実感できてうれしくなってしまった。

くるりの歌う歌はときに庶民的で、ときにエモーショナルで、ときに奇天烈で、ときにユーモアあふれている。都市名を羅列する「everybody feels the same」、ようやく有言実行した「ハイウェイ」(つい先日岸田が免許を取得したことを報告)、シャウトから始まり重たい雰囲気のある「街」など、見せる顔はさまざま。ただその顔どれもがくるりらしく、ぶれない演奏隊がいる。快晴の下、くるりの音楽はあまりに相性がよく、ひとつひとつの音の粒が観客の中に紛れて泡に変わってしみこんでいくのがわかる。とびはねるわけでも歓声をあげるでもない。脱力感と高揚感のくりかえしがあるだけ。寄り添ってくれるようで解答はよこしてくれないくるりの歌詞はなんだか禅問答のようで、だからこそ聴き甲斐があるし、それぞれのくるりがあるんだろうなって思う。それはあの時周りを見渡した時のみんなの顔を見てればわかる。

セットリスト
  1. 琥珀色の街、上海蟹の朝
  2. ばらの花
  3. ハイウェイ
  4. すけべな女の子
  5. everybody feels the same
  6. 愉快なピーナッツ

 

ハナレグミ

日差しのピークも過ぎて、すこしずつ涼しくなってきた時間。シートエリアでまったり過ごす人も増えて、私もセカンドステージ(露天風呂と名付けられている)の近くで座って聴いていた。一曲目の「独自のLIFE」は大好きな一曲。去年よく聴いた楽曲でもあり、大満足。みんなノリノリでその場で踊ったり一緒に手をあげたりと自由に楽しんでいる様子。夕暮れ時と相まってこの光景こそがフェスで見たかったやつだ…と感動。

ジャンルレスな音楽性で、ゆったりと聞かせたり小躍りさせダンサブルな楽曲まで幅広く演奏していたハナレグミ。アコースティックのハナレグミももちろん素敵だが、こういうバンドセットの彼もまた違ったニュアンスがある。大名曲「ハンキーパンキー」を背中で聴きながら、会いたかった人に会って、話をして、近況を語り合う。もうすぐ終わるんだなあという感傷にひたりながら、隣のメインステージは次のアクトにむけてなにやら少しざわめかしい。

セットリスト
  1. 独自のLIFE
  2. 大安
  3. Peace tree
  4. オアシス
  5. smile(カバー)
  6. ありふれた言葉
  7. 明日天気になれ
  8. 発光帯
  9. ハンキーパンキー

 

NUMBER GIRL

彼らの出番の2組前からもうすでに彼らを最前列で見ようと待機列に並ぶ人たちであふれていた。おそらく今日もっともスタンドで鑑賞しようとするひとが多くなるであろう、90年代の邦楽ロックを象徴するバンド、NUMBER GIRL。彼らをリアルタイムで知っている世代はもちろん、その下の我々のような世代ですらも、彼らは語られ続け、音楽を、ロックを憧れ志す者の多くは彼らを熱心に聴き、心を動かされつづけてきた。

私はというと、ナンバガに何か突き動かされたことはなく、彼らの曲が人生の一ページに刻まれたこともない。私にとって”全く別の世界”のバンドだった。もちろん、自分がよく聞くアーティストはナンバガに影響されていることもあるだろうし、彼らの影響は間接的にも受けたことはないと断言することはしないが、少なくともイヤホン越しに彼らの音楽が心をときめかせたことはなかった。あくまで「レジェンド」という認識にとどまっていた。だからこそ、今この場で見ておきたい気持ちがあった。この目で確かめたい。

始まる前からなにやら厳しめな言葉が飛んでいた向井秀徳。機嫌が悪いのかどうかはわからないが、プロならではの、向井らしい一貫した姿勢が垣間見える。

福岡市博多区からやってまいりました、NUMBER GIRLです、の決め台詞も飛び出したライブは、もはや一つの音楽の塊が耳に飛び込んできたような衝撃だった。ギターが、ベースが、ドラムが、そして向井の声が、ひとつの大きな音塊になり、脳天をぶち抜いていった。だけれどこのバンドのすごいところは、これだけの爆音でありながら、美しいのだ。ノイズややかましさのようなものはない。それがまず驚いた。不快感がない爆音。あきらかにくるっているのだが、それがなにより自分が音楽を聴いていることを実感させてくれ、胸を熱くさせた。きっとみんなが10代にナンバガを聴いたとき、同じことを感じたのだろう。一心不乱にドラムをたたき続けるアヒトイナザワ。情熱的にかつクールにギターをかき鳴らす田淵ひさ子、ときにオーディエンスをあおりながらバンドの根幹を支えるベースの中尾憲太郎。そして一言も何を言っているかわからないが、なにか恐怖すら感じる気迫と歌声にただ圧倒される向井秀徳。暴力的な音圧でただただ殴りかかってくる。だけれどそれこそがナンバガといわんばかりにオーディエンスはそれに応えようと大きなリアクションをとる。今実現できるライブの限界値のような、そんな熱さを持っていた。

「omoide in my head」が始まった時、今日たった一度だけ聞いた観客の「ハイ!!!」という声。本当はダメなんだけど、擁護しちゃいけないんだろうけど、あの一度だけは本当にウルっとしてしまった。今日まだ一度たりとも観客の声援を聴いていなかった。シンガロングもなかった。それがここで、ダメだとわかっても声を出さずにいられなかったみんなの気持ちは痛いほどわかる。そして「ああひとりじゃない、みんなでこの瞬間を共有してるんだ」という実感があのときようやく初めて感じられた。それがすごくうれしかった。そして尊かった。みんなで音楽を聴いていることが、みんなと出会えて笑顔で音楽を堂々と聞けることがうれしくてうれしくて、それをナンバガまで感じていなかったことが、いかにみんなルールを守って鑑賞していたかがわかった。お酒を飲んでも騒ぐ人はいないし、売店がどれだけ混雑しても乱す人もいないし、それだけここにいる全員が音楽を大切にしたい気持ちがあることが理解できた。そしてあのたった一度の「ハイ!!!」もその雄たけびにも聞こえた。それに呼応するように向井が叫ぶ。腹の底からまるで野犬が威嚇するような、野太いシャウト。けたたましくなり続ける楽器隊を一蹴するほどの、それだけの強いシャウトだった。

自分はナンバガの歴史も、楽曲も各人の人となりも知らない。家に帰ってまたナンバガを聴きなおそうとも多分思わないだろう。でも、あの瞬間のあのライブが格別に素晴らしかったことは忘れられない。度肝を抜かれ、興奮で汗がにじみ、思わず手を力強く握りしめ、鼓膜をぶち抜いてくれと祈ったことは今後忘れることはないだろう。それだけものすごいバンドだった。久しぶりのライブということもあっただからだろうし、今このパンデミック下の中だからこそ感じられたのだとしたら、変な話、こんな時代でよかったとすら思う。

セットリスト
  1. タッチ
  2. ZEGEN VS UNDERCOVER
  3. 透明少女
  4. 水色革命
  5. CIBICCOさん
  6. TATTOOあり
  7. omoide in my head
  8. I don’t know

  

AJICO

TESTSETが見たかったけれど、久しぶりの屋外フェスで体力を消耗し、座っていたい気持ちが勝ってしまい、後方で見た後、トリに登場したのがAJICO。浅井健一とUAらで結成されたスーパーバンドが、この最高の日を締めくくった。5月の涼しい夜に聴くにはあまりに舞台が整い過ぎて、神々しさすらあるAJICO。一曲一曲が丁寧で、チャーミーで、妖艶だ。一曲目の「ぺピン」から彼らの変わらない卓越した実力が発揮され、まったく勢いが衰えることなく、最後の「新緑」まで駆け抜けていった。自分たちも楽しみながら、このフェスをどうクローズまで楽しませるかまでも視野に入れたパフォーマンスは、今日一日を締めくくりたいオーディエンスを満足させるものだった。

後方から彼らのパフォーマンスを見ながら、明日の仕事のこともちらつく中でゆっくりと片づけをはじめると名残惜しさだけが押し寄せてくる。最後に打ち上げられた花火がAJICOの演奏に花を飾った。

セットリスト
  1. ペピン
  2. Black Jenny
  3. 惑星のベンチ
  4. 美しいこと
  5. 水色
  6. 地平線Ma
  7. 深緑

まとめ

ずいぶん遠回りした。長い長い道のりだった。感染者数で行くとまだまだ収束とは程遠いが、各人がどうすればいいのかを理解し、行動できるまでになり、こうやって野外フェスが開催されるようになった。風当たりも以前ほどは悪くなくなった。

2年半。とくにライブに足しげく通う人間でもない私ですら、こんなにライブから遠ざかるとは夢にも思っていなかった。それは窮屈で、どこに楽しみを見出せばいいのかわからない2年半だった。そして、自分がどれだけ音楽が好きで、音楽に楽しみを見出しているかも改めて思い知った。これからまたたくさん音楽フェスに行くのだろうが、きっと今日のことは生涯忘れることはないと思う。それくらい、自分にとっては大きな大きな一歩だった。会場まで送っていただいた方、一緒にご飯を食べ、一緒にお話をした方、わずかな時間を縫ってあってくださった方々、学生時代の友人たち、すべての人に感謝し、すべての人に、また会いましょうと約束したので、いつかなんて言わず、近々、何度でも、これからまたたくさんフェスで楽しみましょう。

お疲れ様でした!!!!!!