まだ開催したことのないイベントは不安でいっぱいだ。そのイベントを企画した会社が健全なところなのか、大見得を切って宣言したものの断念するなど、いろいろな懸念点がある。
過去にも、そうやってグダグダになってしまったイベントも数多い。何年もやってきた実績のあるイベントならまだしも、初回はやはり緊張する。

TONAL TOKYOというフェスが開催される。2019年に竣工され、今年イベントとしての活用が可能になった有明アリーナでの開催は、全てが新しい。そして海外アーティストの招聘、今の時代の先陣を切る国内アーティストの選出は非常に好印象を持つ。
しかし、開催発表はしたものの、続報はなく、サブステージのアーティストの発表もしばらくなかった。タイムテーブルは5日前になってようやく発表したと思ったらトリを務めるCharli XCXのスペルを間違えて発表するという大失態。翌日何事もなかったように投稿を削除、修正して再投稿した。

飲食店の情報はタイムテーブルが出てなおいまだに無く、初めての開催だというのに感染対策の問題や会場の設営、入場方法などの詳しい情報提供がされていない。こうなってくると、本当に来日するのかも疑わしくなる。
参加するアーティストにも問題が多い。LANYのボーカル、paul kleinは数年前に多くの女性から告発され、その後の続報はいまだに私の調べる限りはない。


また、RHYEで知られるMichael Miloshは性加害で問題となり、こちらも続報はいまだにない。


私は行くことにしたが、彼らの音楽をまともに聞けないという人の意見は大いに理解できるし、特にRHYEの場合は作品自体がセカンドレイプにつながっていることからも、大きな争点となっている。二組とも元々大好きなアーティストであることは間違いなく、LANYは2017年のサマソニで見て大興奮だったのも記憶に新しい。


当然、彼らの行いが事実であれば看過されるべきではなく、即刻罰を受けて音楽活動は停止すべきなのだろうが、今現在もライブ活動は行われている。それに対してライブへ行かないというボイコットも十分意味があるし、気分が悪くて行く気が起きないという人も良く理解できる。今回はわたしもライブにいくことにしたが、それは決してうやむやにしたいとも矮小化しようとも思っていない。その一方で事実関係が不透明であること、個人的なさばきには時期尚早ではないのかという考えも一部では存在しつつ、そもそもほかにもJamie xxやCharli XCXなどが出演するフェスを楽しみたいという気持ちが勝ったため行くことにした。何度も言うが、いかないことを決意した人を軽く見積もることもしなければ、事件をなかったことにしようとも思っていない。

世界がコロナになって以降初めての東京遠征、単純に旅行としても楽しみだった。東京駅から新豊洲駅へと移動し、11時から一組目のkroiを見るために10時半に到着。しかし駅はいたっていつもの(いつもを知らないが)光景で、なんら人が多いとも少ないともない。てっきり到着したら多くの人がぞろぞろと会場に向かって歩き出していて、スマホで地図を確認しなくても後ろをついていくだけで到着できると思い込んでいた。ところが駅はまばらでそれっぽい雰囲気の人もいない。フェスとはいえ10月末の室内のイベント、しかも洋楽がメインで音楽ジャンルもクラブミュージックやファンク、ヒップホップなど、いわゆる夏のロックフェスとは異なるため姿格好もある程度想定していたのに、そんな雰囲気の人もいない。

駅から降りるとようやく一人、「有明アリーナ」と書かれた看板を持ったスタッフの姿を見つけることができたが、これ、本当に行われているのか、もしかしてくるまでの間に中止発表でもあったんじゃないかと、冗談ではなく本気でHPを確認したほどだ。

恐る恐る歩いて橋を渡ると、大きな会場が見えてきた。

有明アリーナは竣工されたばかりの新しい施設で、どこを見ても美しく輝いていた。ここでどんどんこれからいろんなイベントが行われていくのだろうと心が躍った。就活イベントでももう少し客とスタッフがいるだろう、と思うくらいの人数で、不安は的中する。

中に入ってまずぐるっと確認。サマーソニックを運営するCreativemanと世界のLivenationの日本支社、Livenation Japanが共同開催しているイベントという信頼度はあるものの、実態としてこの閑散ぶりは、なにか胸がざわざわする。

ホールに入ると、もうすでにkroiの準備は始まっていたが、その前で待機する客は50人もいただろうか。おおよそこの規模のステージで見ることのない人数で、愕然とした。2階のスタンド席にも座っている人はまばらで平日の映画館くらいの過疎っぷりだった。

kroiは私がもっとも見たかったアーティストの一組。バンド名にもあるように、ブラックミュージックからの影響が濃い楽曲に、ヒップホップ、ファンク、ロックの要素を足していき、ときには意味不明な歌詞でリウムよくフレーズを刻んでいく自由なバンドだが、やはりこういったバンドは音源だけでなく、生で聴いて初めて評価したい。

さすがに苦笑するしかない状況でも「楽しんでますかー」「今日はぶちあがっていきましょー」とめい一ぱい盛り上げに徹してくれたkroi。本当に個々のスキルが高いし、表現力も高いし、バラードも「Juden」みたいなドファンクでも軽々と扱いこなす彼らの柔軟さに感動した。朝一番からめちゃくちゃ踊れた。40分の中で大満足できるくらいの充実度をもって示してくれた最高のライブだった。

転換に時間がかかり、結果当初持ち時間40分だったのが30分になってしまったTempalayがこの日二組目。今日は日本のバンドがkroiとtempalayの二組だったのだが、よくこの二組をチョイスしてくれたと心から感謝する。個人的にTempalayは好きな曲とそうでもない曲とはっきり分かれてしまうんだけれど、そういった個人の好みを超越した、かっこよさ、サウンドのキレっぷりにいつも興奮している。そしてこの日、初めて彼らを見た。創造の5倍はエモーショナルで10倍はアグレッシブだった。小原のシャウト、ドラムの藤本夏樹の爆発的なドラムとAAAMYYYのシンセと美しいコーラス。不穏な雰囲気のある楽曲が特徴の彼らだが、もっとストレートなものもあれば、ゴージャスなものもあった。今最も日本のバンドで総合的にレベルの高いバンドの一組だと本気で思う。30分で終わったことがなによりの不幸だったので、単独ライブにはいかなければならないなと強く感じた。

この日のメインステージのラインナップは、洋楽邦楽ともに誰一人見逃せるアーティストがおらず、ご飯を食べることすら諦めていたが、そういうわけにもいかないので、Tohjiでしばらくの休憩を取った。パフォーマンス開始から20分ほど見ていたが、これもやはり見逃せないアーティストで間違いなかった。1DJとシンプルなセットだったが、ステージを大きく使って、オーディエンスに対してもあおりを入れて盛り上げを図っていた。ほかのラッパーたちとは一線を画すラップスタイルと楽曲性は海外の活動も視座に入れており、事実Mura MasaやMalibuとのコラボやプロデューサーのブロディンスキ、Lootaとタッグを組んだアルバムの制作など活躍の場を広げている。TohjiはKOHHとはまた違った形で大きく世界へとうってでていて、このタイミングで彼を見ることができたのは非常に貴重だったと思う。

その後はRHYE、LANYと続く、RHYEの美しさは息をのみ、LANYの女性人気は想像を上回るものだった。ボーカルのpaul kleinはピアノを弾いたり縦横無尽に走り回って客席まで駆けよってファンと触れ合ったりと、その人懐っこさは多くの女性を一瞬にして虜にするのも納得がいく。個人的にはその姿はRADWIMPSの野田洋次郎とも被る部分がある。キュートでセクシーなダンス、ピアノでの弾き語りの時のギャップ。エモーショナルなギターロック、通ずる部分は多いなあと思った。

手放しで彼らを「いいね!」とほめることが果たして今の自分のスタンスとして適切なのかどうかは判断が難しいが、それを上回るほどにパフォーマンスが素晴らしかったことは伝えなければならないと思う。だからこそよけいに複雑ではあるのだが、RHYEにしろ、LANYにしろこうやって現在も世界中でパフォーマンスを行っていることは事実として受け止めるべきだろう。

こういった告発は、裁判の結果云々ではなく、告発自体が問題提起となり当事者への糾弾の引き金となりやすい。それは大前提として「告発した被害者側を信じる」ことが共有されているからだ。確かに世の中には冤罪というものが存在はしているが、だからといって被害者の告発を「嘘だ」と無下にすることはあってはならない。特に事情を知らない人間ならなおさら、まずは告発を信じるべきだろう。そうなると、LANYやRHYEも告発通りととらえるのが自然だが、例えばジョニーデップは元妻の訴えが裁判でひっくり返されたりもしている。しかしまだジョニーデップのような裁判での決着がついていない状態のグレーなアーティストを手でラブマークを作ってまで無邪気に陶酔するのはどうなのだろうか、とやはり考えざるを得ない。

日本でもseihoが告発されたのが記憶に新しいが、今日パフォーマンスしたTohjiも自身が楽曲制作をともに行ったMURVSAKIが性加害で逮捕されていることが明らかになり、TohjiはMURVSAKIとともに制作した楽曲の配信を停止することを決断した。当人の犯罪ではないが、こうした問題は自身とその周りにも多く内在している。特に後半のYears & YearsやCharli XCXはそういったジェンダーの問題や女性軽視や差別の問題に対して全く無関係なアーティストとは言えないだろう。ゲイを公言しているYears & Yearsもだが、Charli XCXはかつてグラミー賞のニール・ポートナウの女性への差別発言を厳しく非難している。そんな彼らをメインアクトに位置させ、同時にRHYEやLANYをブッキングすることにどうして無頓着でいられるのだろうか。

Charli XCXのパワフルで女性をエンパワメントしてくれるパフォーマンス(そして両脇のダンサーの見事な肉体美)も、Jamie xxの徹頭徹尾ウルトラギガやべえダンスフロアも異常なほどにオーディエンスの熱量高く、最高の盛り上がりを見せていただけに、やはり疑問は疑問のまま残ってしまう結果になったのは寂しさがある。

そして、もう一つ明らかになった問題は、集客の悪さだ。LANYあたりから一気に客が増え、最終的には1階のフロアはそれなりの盛況を見せたものの、日本人アクトの3組の時間帯は悲惨というほかなかった。これは、TONAL TOKYOに来た人たちの多くが洋楽好きで、日本の音楽に全く興味がなく、ゆっくり来ていたということになる(もちろん中にはいろんな事情で早い時間帯に行けなかった人もいるのは留意している)。

日本の音楽が優れているとか海外の音楽の方が素晴らしいとかそういう議論は野暮だしそんな議論がしたいわけではない。国内にも例えば今日来ていたkroiやTempalayやTohjiはそれぞれのジャンルで本当に素晴らしい才能を開花させてシーンの最前線にいるアーティストだし、決して洋楽”だけ”が好きなひとをがっかりさせるような人たちじゃないはずだ。

ラスト2組のJamie xxの上級のクラブハウスへと変化させたクレイジーな1時間20分も、Charli XCXのパワフルでシンガロングを容易に起こさせてしまう圧巻のパフォーマンスと比べても決して見劣りするような内容ではないはずだが、どうしてもその熱の差はその日のライブの出来に直結してしまうし、それがただただ残念だった。

来年、TONAL TOKYOが開催されるのかは不明だが、大きな課題は残したと思っている。フードエリアがろくなものではなく、クラフトビール飲み比べもアピール不足(しかも屋外手注ぎ)、サブステージは非常にクリエイティブな空間は作れていたもののアルコール売り場の渋滞など、改善点は多い。

ただ、やはりCharli XCXをトリにもってくる心意気と、そこにJamie xxで脇を固めたこと、boiler roomとコラボしたことなど、東京らしいモダンで次世代型のフェスは素直に続いていってほしいと思うし、来年以降はヒップホップやジャズ、あるいは女性のアクトをもう少し増やしていくなど、新しい価値観を吹き込んだフェスになってくれればと心から願っている。