今年も無事SUMMER SONIC、通称サマソニが開催された、というか記事執筆時点では開催中だ。洋邦様々なアーティストが集結し、素晴らしいパフォーマンスを披露しているようで、その感動のポストはXでたくさん見かけている。
私は今年も参加を見送り、自宅でその様子をたまにうかがっているのだが、その理由は、まあ色々ある。もちろんどんな無理をしても行きたいメンツがいないのが一番大きな理由だし、あとは暑すぎてちょっと覚悟がない、子供の面倒をみなければならない、などなど。
それはともかくとして、今日少し考えておきたいのは、サマソニの東京と大阪の格差の問題だ。
サマソニは例年東京と大阪の2ヶ所で同時開催し、基本的には出演者は総とっかえとなっている。ただ、中には東京のみの出演者、あるいは大阪のみの出演者がいる。それがそれぞれの特性、となればいいのだが、実際は明らかに東京偏重となっている。もちろんそれぞれのファンからすれば大阪のみに出演するアーティストのファンは大阪がうらやましいといった状況にはなるだろうが、あくまで客観的に、そしてそのアーティストの貴重性や大物レベルを比較すれば、さすがに擁護できるようなものではないのが現実だ。
当然それには深い理由があるわけで、そしてその理由が語られるはずもなくて、だからそれを詮索し勝手に推察し断定するのもおかしいと個人的には思っている。ただ、言いたいのは、その事実をきちんと提示しない人たちだ。音楽ライターやメディアに従事する人、あるいはビジネスとして(あるいは非ビジネスであっても影響力のあるコンテンツを持っている人が)語るサマソニには、この格差に触れる人は少ない。そんなこと言っても仕方ない、という姿勢なのか、ネガティブなことはわざわざ言いたくないのか、その格差はあくまで主観であって人によって捉え方は変わるという持論のせいなのか、とにかく触れない。そして「大阪は会場も新しくなって素敵な雰囲気ですよね、行ってみたい」と語るが決して来ない。来ないのはわざわざ東京から行く必要がないから。わざわざいく必要がないのは、結果的に大阪ならではのアーティストが弱いから。東京で十分見られるから。決して大阪オンリーのアーティストを卑下したいわけではなくて、大阪から東京に行く人はありがちなのに対し、東京から大阪への遠征が少ないのではないかという意見だ。
そもそも東京のみの出演者みたいなことをやめて平等に全員交代すればいい。でもいろんな事情があってそうはいかない。大抵は諸事情により東京のみの出演者がいて、その補填として別のアーティストを大阪であてがっているのではないか。そうなると、”代役”が”本家”を上回るブッキングをすることは簡単ではない。もちろんできなくない。だから私は「できるだろ」って言いたい。
なぜか音楽フェス、とくにサマソニとフジロックは、国内有数の洋楽フェスだからか、運営面に過剰に干渉する人が多い。かくいう私もそうだが、黒字だ赤字だ、チケット完売だ売れ残りだ、ラインナップが強いだ弱いだ、チケットの価格設定がどうの、客数がどうの、導線が、シャトルバスが、ギャラが、ととにかく裏事情が好きだ。そして毎年心配する。もちろんその心に、毎年開催してほしいから、というのがあるだろう。来年も開催してもらうためには今年しっかり黒字になってもらわないと困る。そして黒字になれば何でもいいわけではなくて、洋楽フェスとしての矜持は少なくともなくさないでほしい。そんな気持ちも交差する。
だからサマソニをこよなく愛すれば愛するほど、サマソニに同情的になる。「こんなにがんばっているんだから」「色々事情があるんだから」「開催してくれているだけありがたい」と。もちろんその感謝は絶対に忘れることはないが、だからといって物言いがなくなるわけでもない。過剰な理解はそりゃただの”犬”だ。こちらが金を払っている以上、消費者なわけで、その消費者が「こんなにがんばっているんだから文句言ってやるなよ」と別の消費者からたしなめられる構図、単純に気持ちが悪い。
そういえばAmazon primeが現状有料であるにもかかわらず、映画の冒頭と中間で広告を挟む仕様に変更した。広告を取り除くにはアップグレードが必要になる。
この仕様に、「もともと映画を見るためのサービスじゃないし、破格の値段設定なんだから仕方がない」と理解を示す人も多い。それは一理あるし、支払っている当人がそう納得しているならそれで構わない。だが、ある人が「なんだこの仕様は!」と憤ったポストを投稿してみると、無数の批判が押し寄せられる。「乞食」とののしる人もいる。プライム会員は有料なので全く乞食ではないし、もともとその値段で享受できたサービスが企業の一方的な理由で広告を追加したことに対し、不快感を示すことはなんらおかしな話でもない。その意見を企業ではなく、消費者どうしでもみ消しあうのはどう考えても健全ではない。
過剰なサービスの要求はサービス終了や倒産などで結局自分たちの首を絞めかねないが、家賃が勝手に上がればそりゃ怒るし、電気代が上がれば当然、それは妥当なのかと検証すべきである。決して企業の一方的な説明で納得するべきではない。今例に挙げたのは生活基盤にかかわることなので、Amazon primeやサマソニは娯楽に値するため同列には語ることはできないが、なんだったら別に説明もないけど、「サマソニさんがそういうなら仕方がないよね」と納得するのは個人的には納得できない。別におもねる必要なんかなくて、どんどん言っていけばいい。
結論、格差についてはひとつのとっかかりとして話したので実際どれほどの格差があるのか、それは看過できないものなのか、金額の差がそれを埋め合わせられているのか、等々の検証は行わない。言いたいのは、消費者どうしで企業をたすけちゃってどうすんのよ、という疑問である。
