まえがき
これは筆者、ノベルが大学生の時に書き下した論文である。BUMP OF CHICKENがストリーミング配信を解禁したことを祝して、今公に放とうと思う。社会学とバンプ。稚拙ながら鋭い指摘で、いまのバンプの活動方針を見事に予期した「予言の書」となっている。書籍化もしょうがない、してやるから出版社はコンタクトしてきな。
この卒論は2014年1月に提出したもので、バンプ的には「虹を待つ人」をリリースしたころのことだ。それを踏まえて4万字弱の大作を読んでもらいたい。(一応当時の社会学の某先生にチェックももらってますが、指摘がずれていたりしても見逃してください。基本原文ママです。また他アーティストへの解釈ももしかしたら甘いかもしれませんが全部見逃して下さい。正しいか正しくないかはこの際置いといてください。褒めることだけ許可します笑)

 


 

要旨

音楽はいつでも社会を映してきた。特にその当時の若者が熱中した音楽で彼らの考えや価値観がわかることが多い。それぞれの世代にカリスマ的な存在がいる。私にももちろんカリスマがいた。それがBUMP OF CHICKENである。小学生の頃、ラジオで流れたある曲に衝撃を受けた。まだ10歳そこそこだったが、それでも一瞬でその曲の虜になった。歌手名はやたら長い英語だったということだけ覚えていた。当時ネットも今ほど身近でなく携帯電話も持っていなかったので、その曲が再びラジオで流れるのをずっと待っていた。それがBUMP OF CHICKEN(以下バンプ)の「天体観測」だと知るのにそう時間はかからなかった。その「天体観測」以来バンプのファンになった私は中学生になってもその熱は冷めることはなく、よく友人の家にCDを持っていき何度も聴いていた。テレビ等の露出がほとんどないバンプだが私たちの世代からの人気は絶大なるものだった。アルバム「ユグドラシル」も「orbital period」も何回も聴いた。自分が中学生の頃に抱いていた感情や疑問を代弁してくれていて、その歌詞に深く共感していた。友人と一緒に帰り道でバンプを歌ったり、彼らの情報が入ってこなかったときは友人同士で知っている新しい情報を教えあったりした。今でも当時のバンプについてよく友人と語ったり、思い出話に花を咲かせている。それは私に限った話ではない。多くの同世代の人間が経験した出来事である。ではなぜBUMP OF CHICKENはこれほどまでに2000年代の若者にウケたのか。第一章では彼らが絶大なる支持を集めている具体例をインタビューを交えて述べている。実際に私の周りでバンプはどのように認識されているのか。第二章では若者は一体バンプに何を求めているのかを考察する。またバンプ自身何を届けているのかを、詳しい来歴と歌詞考察と共に第三章では、彼らが何故若者にしかうけないのか考える。そして最後は彼らの今後の展望について書く。

 
 

1.はじめに

80年代に大人への反抗の色を強く見せた尾崎豊は社会現象になるほどの人気振りを見せたように、音楽はいつでもその当時の価値観が反映されることが多い。時代は2000年代。バブルがはじけ不景気になり社会全体が暗くなった。威勢のよかった若者も少しずつ内省的に変わっていく。ゆとり教育が始まり個性を尊重する時代になると、若者はその個性に苦しみ始めた。個性的であらねばという縛りが個性を生みにくくし、他者との違いがわからなくなっていく。そんなときに登場したのがこのBUMP OF CHICKENである。私自身彼らの曲を何度も聴き、自分のアイデンティティや自我というものにどう向き合えばよいのか考えた。中学生の頃になると次第に社会というものに触れていくことになる。社会にはルールがあり上下関係がある。学校という組織のなかで生活しているとそのルールや先生という絶対的な存在、先輩やクラスの中でのカーストなどしがらみが一気に増えていくのがこの年代である。たくさん「社会」のいやな部分に触れ、我慢してきたからこそバンプの曲が心に響いた。それは決して大人への反抗でも夢に向かって突き進めという熱い応援ソングでもない。今までになかった「同意」のあるバンドだった。2001年に天体観測で有名になった彼らはその後も当時の中高生を巻き込み巨大化していく。テレビに出ないというスタンスも商業的な感じが出ないため、あるいみ社会への抵抗とも受け取ることができ学校や人間関係に疲れた学生たちはその姿勢に共感した。

今はもうバンプの曲を聴くことはないが、当時は私のバイブルだった。それは決してごく一部の人の話ではなかったと思う。程度の差はあれ、誰しも一度は耳にしたことのあるだろう。21世紀はバンド不遇の時代とも言われ、また歌詞の内容も少し分かりづらく恋愛について歌った曲もあまりない。男前でも踊れるわけでもドラマや映画、アニメの主題歌でもなく音楽番組にも一切でない彼らがどうして人気になれたのか。その人気の理由に歌詞や社会背景、他のバンドと比較をしながら進めていく。しかし一方で近年のバンプはいまいち話題にならないのが現実だ。当時ほど今の学生たちから支持されてはいないのである。それは何が原因なのか、打開策はあるのか、それも同時に考察していく。

 

2.BUMP OF CHICKENの位置づけ

2-1.概略

まずBUMP OF CHICKENのおおまかな経歴を紹介する。BUMP OF CHICKENは1994年に日本で結成された四人組ロックバンドである。ボーカルの藤原基央、ギターの増川弘明、ベースの直井由文、ドラムの升秀夫で編成されており今なお若者からの絶大なる支持を得ているバンドのひとつである。1999年にシングル「ダイヤモンド」でメジャーデビューを果たす。2001年にはセカンドシングル「天体観測」がスマッシュヒット、同タイトルでドラマ化もされ、若者の間で一気に人気の火がついた。その後も順調にファン層の幅を広げ、またテレビに一切出演しないというスタンスを取っているのもひとつの特徴である。しかし近年は映画のタイアップには積極的で、過去に「ワンピース」や「always三丁目の夕日」「ドラえもん」「ガッチャマン」などの主題歌として使われるなど活動の幅を広げている。2013年は初のベストアルバムを出すなどバンドとして円熟期を迎えており、今年2014年にはニューアルバムが発売される予定だ。

 

2-2.インタビュー調査

何度も言うように、彼らは若者から圧倒的な支持を得たバンドである。実際に、私と同世代の人間にインタビュー調査を行い、どのような認識をされているのか話してもらった。

1人目 22歳 大学4年生 女性 好きな音楽 ゆず 世界の終わり Mr. Children

2人目 22歳 大学4年生 男性 好きな音楽 Mr. Children スピッツ ASIAN KANG-FU GENERATION

22歳のJPOP好きの女性と男性に尋ねた。二人ともBUMP OF CHICKENについては知っており天体観測や車輪の唄、ラフメイカーなど知っている曲は多数。カラオケで歌ったこともあるそうだ。しかし彼ら自身に興味を持ったことはなく、自分から調べることはないので彼らの楽曲を知るのはいつも友人からと言う。

3人目 21歳 大学2年生 女性 好きな音楽 Mr. Children ONE OK ROCK  BUMP OF CHICKEN

一方ミスチルとバンプをよく聴くという21歳の女性は、彼らの良さを存分と語ってくれた。やはり彼女も中学生と高校生の頃によく聴いており、2000年前半ごろの初期の曲がすきだという。バンプは寄り添ってくれるような曲でそんな優しさが15歳の頃によく響いたと語っていた。最近の曲はあまり詳しくなく、いまは色んなバンドを聴いているそうだがバンプを全く聴かないわけではなく昔の曲はよく聴くそうだ。バンプはどうしても聴く場面が限られているので機会が減ると一気に聴かなくなるともいっていた。

4人目 20歳 大学2年生 男性 好きな音楽METALICA X JAPAN 椎名林檎

ロック好きで軽音にも所属している20歳男性はどう思っているのか。彼はギターを何年も演奏していて、バンプも過去にはコピーをしたことがあるそうだ。初期の頃のアルバム「LIVING DEAD」や「jupiter」を何度も聞き音楽としても歌詞としてもすごく好きだった。しかし高校に入ると洋楽に興味を持ち始め、バンプから離れていく。いまでは過去の曲も含めて一切聴かなくなった。彼はバンプをもう聴くことはないと言う。歌詞が響かなくなり、音楽も軽くシンプルすぎてもっと重い音楽を好むようになってからバンプでは物足りなくなったそうだ。思い出としてすごく懐かしかったり好きな曲はあるがそれをあえて普段聴くようなことはないといっていた。

5人目 21歳 大学3年生 女性 BIGBANG KARA 嵐

最後に音楽にはあまり興味が無く、韓国の音楽やアイドル、エグザイルなどテレビで流れるポップスを聴く21歳女性にもバンプの印象について尋ねてみた。彼女はバンプと言われてもあまりピンとこず、曲を数曲聴かせると思い出した。顔も知らないしバンドは興味ない。一体何人組で何歳ぐらいの人が歌っているのかも知らず、バンプについての知識はほぼ皆無だった。自分から音楽を探すことはあまりしないという彼女にとって、バンプを知る機会などほとんど無かったのだろう。

このようにもちろん聴く音楽はそれぞれ様々。テレビを主な情報源にしていた人はバンプにそれほど親しみは持っておらず、よくわからないと答える人もいた。しかし一応に全員が知っていると答え、曲名も答える事が出来た。メディアへの露出がないのにもかかわらずここまで知られているのは他にあまり見あたらないだろう。

しかし一方で、他の世代への認知度はどうだろうとも考える。バンプは若者にウケたバンドだと説明した。では40代や50代の人にはバンプはどう映っているのだろうか。そもそもしっているのだろうか。

6人目 50代前半 女性 好きな音楽 MICHEL JACKSON  JURNEY  STING

7人目 50代前半 女性 好きな音楽 荒井由美 山下達郎 クラシック

8人目 40代後半 女性 好きな音楽 クラシック 桑田圭祐

他の世代にも同じ質問をしてみた。50代前半の女性2人と40代後半の女性1人に質問することにした。彼女たちは3人とも日本の音楽に対してはごく普通の知識しか持っておらず、特別何かを好きというわけではないという。そこでBUMP OF CHICKENを知っているか尋ねたところ全員知っていると答えた。曲名は誰一人答えることはできなかったが、「天体観測」や「花の名」などといった曲を聴かせると思い出したようだ。テレビに出ないのにとうやって知っているのかと尋ねるとラジオでよく耳にすると三人とも答えた。そのため、先ほど聞かせた曲がバンプの曲とは知らず、名前と曲の一致はしていなかった。もちろん彼女たちは顔も知らず、気になったこともないそうだ。もうひとつ3人が共通して答えたことが、「あまり好きでない」ということだった。理由はそれぞれあったが、「声があまりすきでない」という意見があった。聴いていてもすこし落ち着かない、声が高いからすごく若者向けの歌に聞こえるとも言っていた。たしかに他の歌手に比べると声が高くまたすこししゃがれたような、とがった印象の声を出すのでそう感じられてしまい敬遠されえてしまうのかもしれない。

 

2-3.知名度と他のバンドとの差

やはりバンプはあまり幅広い世代に聴かれていないのではないか。二つ三つ上の人なら知っているだろうが、もっと上の人には認知すらされていないのではないか。実際、2013年に調査された「好きなアーティストランキング2013」の総合で20位にランクインしており、19位のEXILEや15位のPerfumeなど他の面子に比べても圧倒的に露出度が少ないのに引けを取らない位置にいることが分かる。世代別でも10代総合で6位と今最も勢いのあるアイドル、ももいろクローバーZ(9位)より高い結果となっている。しかし20代から30代40代ではランク外。やはりバンプはあくまでも若者の歌であり若者のためのバンドといえるだろう。そもそも近年の日本の音楽業界ではあまりバンドというものがビッグセールスとなることは多くない。他を探してもMr. Children(以下ミスチル)やB’z、今年復活したサザンオールスターズ(以下サザン)ぐらいしか見当たらない。世代別ランキングではミスチルは10代では圏外だが20代では3位、30代には1位、40代には6位でランクインしている人気ぶり。サザンも30代9位、40代で1位、桑田佳祐名義でも4位を獲得しており、B’zは10代に10位20代に8位30代に7位するなどそれぞれ幅広い層に支持されている。このように様々な世代から聴かれ、様々な趣味、性格の人が彼らの曲を聴くのだ。音楽に興味のない女性でもロックが好きな男性でもミスチルは聴かれている。彼らを「国民的バンド」と呼んでもよいだろう。

しかし10代からの人気があるだけでバンプを「国民的バンド」達と肩を並べる事はできない。一方セールスの面から見てみるとまた違った現状が見えてくる。「国民的バンド」候補No.1のミスチルは93年発売の「CROSS ROAD」で初のミリオンを達成して以来、ほとんどのシングルが50万枚を超える人気を誇っている。先日発売された[(an imitation) blood orange]も80万枚を超えるヒットを見せておりデビューから20年以上たった今もトップセールスをあげ続けている。サザンは78年の「勝手にシンドバッド」でいきないり70万を超えるセールス。しばらく低迷を続けるも、「チャコの海岸物語」で再び50万枚を超えるとそれからは安定して2桁をとり続ける。「TSUNAMI」が290万枚以上売り上げたのも有名だろう。B’zはどうか。2枚目のシングル「BE THERE」で30万枚を超えると「LADY NAVIGATION」で初のミリオン、「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」で200万枚を超える大ヒットを記録する。その後も立て続けにミリオンを連発し、世界でも認められるバンドへと成長した。派手な衣装と化粧で90年代若者のカリスマとして人気だったL’Arc~en~Cielは「HONEY」で初のミリオン達成。その後「花葬」「snow drop」「HEAVEN’S DRIVE」などで100万枚を超えるセールスを叩きつける。近年はブームも過ぎ去り、かつてほどの人気はないがそれでも10万枚を切ることはめったになく、安定してCDを売ることの出来るバンドだ。ではバンプはどうだろうか。「天体観測」で58万枚を売り上げるも、それが最大のピーク。アルバムとあわせても100万枚を超えた作品はない。しかし常に10万枚は超えており、天体観測以来一度も10万枚をきったことはない。

ミスチルやサザンに比べると実力知名度人気売り上げ、どれひとつ勝るものはないかもしれない。しかしこれは上記のアーティストが異常なだけである。実際、21世紀に現れたバンドの中で10万枚以上売り上げるバンドなどほとんど存在しないのだ。2009年にCMソングに起用され有名になったflumpoolは10万枚はおろか5万枚さえ売るので精一杯。2006年にデビューしたAqua Timezは「決意の朝に」で20万枚近く売るもその後は低迷。2万枚さえ届かない現状だ。ORANGE RANGEは「花」が映画「いま、会いにゆきます」の主題歌に起用され大ヒット、ミリオンを達成する。その後も10代を中心に50万枚近くのセールスを続けるも数年前から停滞。今では10万枚を超えることもなくなった。決してどのバンドもこのCD不況といわれる中でシングルを10万枚売り続けることなどできていない。ましてやテレビには出ないし、音楽番組には出ない。バラエティ番組にも出ないし写真集があるわけでも副業で何かやるわけでもない。ただコンスタントに曲を作り続け売り続けるだけ。それで10万枚を超えているのは他に例がない。つまり彼らにはなんらかの理由で根強いファンがいるということになる。そういう意味ではビッグバンドたちにひけをとらない売り上げをみせるBUMP OF CHICKENは一流アーティストの仲間入りを果たしていると考えてもよい。しかしミスチルやサザンとバンプには決定的な違いがある。それがさきほどのランキングだ。バンプの欠点はファン層の狭さである。バンプはミスチルよりも若い人達のファンを持っているが年配のファンは少ない。ファン層さえもっと広ければもっと人気が出ていてもおかしくはない。また私のように歳を重ねてもバンプを聴くようになればもっと売り上げも伸びるに違いない。彼らがミスチルへとなるにはそのファン層の拡大が鍵となる。ではその拡大の方法とは何か。誰もが知るミスチルと若者しか知らないバンプ、同じ「歌詞」で若者を惹きつけたこの両者の差はいかなる理由から生まれたのか。そしてどうすればバンプが国民的に愛されるバンドへとなるのか考える。

 

2-4.日本のロック変遷とバックグラウンド

彼らがいかに影響力があり、どうしてそこまで共感を呼んだのか、それを知るにはまず日本の音楽の流れをおさらいする必要がある。

80年代にアイドル全盛期が到来し小泉今日子やおにゃんこクラブが一斉風靡した後、1990年代に「三宅裕司のいかすバンド天国」通称“いか天”が人気を博し世の中はバンドブームとなった。誰もがギター片手に歌い始めその番組でBEGIN、たま、浅井健一、人間椅子、JITTERIN’JINNなど多くのアーティストを輩出した。また同時期にもTHE BLUE HEARTSなど、その頃バンドはアイドル的な人気がありお茶の間でバンドが次々と消費される時代だった。しかし小室ブームが到来しTRF、華原朋美、篠原涼子、globe、安室奈美恵、鈴木亜美など小室ファミリーと呼ばれる歌手が音楽界を席巻する。シンセサイザーといった電子的な音楽を率先して使い、日本の音楽のスタイルを大きく変えてしまった。その後小室の影が薄くなってもバンドブームはこなかった。宇多田ヒカルや浜崎あゆみなどの実力派シンガーやモーニング娘。といった、つんくが立ち上げたハロープロジェクトが大当たりし、再びアイドルに火がつき始める。もちろんこの時代にバンドがいなかったわけではない。94年の「innocent world」で大ヒットを記録し国民的バンドへとのし上がったMr. Childrenや、出てきた当初は異端扱いされていたものの90年代には不動の地位を確立していたサザンオールスターズ。世界的にも認知され始めたB’zはこの頃すでにセールス100万枚売り上げるビッグバンドとなっていた。他にもLUNA SEAやXなどテレビにもたびたび出演し認知度を高めたバンドもいた。しかしこれはごく一部の話。数え切れないほどの多くのバンドはテレビに出ることもできずバンドを取り扱う専門雑誌も多くない中、地道にライブ活動を行っていた。そんなバンド冷遇期でも地道なライブ活動が実を結び今までになかったバンドの売れ方が誕生した。95年に「growing up」で青春パンクをつくったHi-STANDARDや一部ロックファンの間で熱狂的な人気を誇ったナンバーガールなど、ライブハウスにいかないと見られないバンドが数多く出現したのだ。そのことにより、ロックというジャンルはライブハウスへ足を運び情報収集する物へと変わった。これによりロックはあまり音楽に興味のない人間からはどんどん離れていき、興味ある人間はわざわざ足を運んで観に行くのでどんどんのめりこんでいく。ロックはいわゆる「オタク」な人達のための音楽になった。Hi-standardはその典型的な例で、多くの一般人にはよく知られていないが、その業界やファンにはとても大きな影響を与えた。それは、その後のロックシーンに、雨後の筍のように彼らを尊敬したバンドが登場した事からもわかる。この時期からロックはいかに「コアなファン」を獲得できるかが課題となった。99年にはKJこと降矢建志率いるdragon ashがデビューし日本のロックにミクスチャーという当時日本には浸透していなかったジャンルを流行らせる。そんな「コア」なバンドが数多く存在していた。

だからこそバンプの存在はひときわ異質だった。テレビは出ない。イケメンで売るわけでもない。新しい音楽をした訳でもない。なのに、「コア」なファンのみならず、「ミーハー」なファンまで獲得することに成功したのだ。もちろん初めはコアなファンが多くついていた。が、「天体観測」がヒットし、その曲を主題歌にしたドラマが放送されて以来ロックに興味のない人たちも彼らのファンとなった。これにより当時のバンドではあまりない、ミーハーなファンとコアなファンが混じり合った状態になった。

 

2-5.国民的バンドとは

そもそも国民的バンドとなる要素は何であるか。それは普遍性があるか、覚えやすいか歌いやすいかにあると思う。日本のJPOPは古くからいかに馴染み深くて歌いやすいかが売れる一つの目安となってきた。その最たる例が演歌である。演歌は様式美ともいわれるきまったフレーズきまった展開の曲調が多い。日本人はそのほうが安心するからだ。変調や変拍子などといった難しく聞きづらく先が読めない音楽は大衆的にウケない。人が安心して聞くことのできる曲をいかに新しい形で生み出すかが大きなポイントとなっている。また日本人特有の文化として、カラオケの発達があった。1970年代初めにビジネスとしてカラオケが誕生して以来、人々はお金を払い好きな曲をマイクを通して全力で歌い始めた。とはいってもはじめは宴会用だった。中高年の人が酒場でワイワイと歌うためのもので、その時はまだ決して若者文化ではなかった。若者文化として定着したのは90年代。カラオケボックスが普及しカラオケが「歌いつつ呑む」から「飲みつつ歌う」に変化した。これにより若者の利用者が増加。と同時にいかにカラオケで歌ってもらえるかがJPOPの争点とってくる。またカラオケで歌う曲はなるべく一緒に行く友達が知っている曲でないといけないため、認知度を上げるための努力が盛んに行われるようになった。聴いて楽しむ流行歌から歌って楽しむ流行歌へと変化していったのだ。携帯電話が普及すると着メロが流行する。ここでまた一つ新しい波ができる。それが「どれだけサビが印象的であるか」ということ。もちろん今までもそうだったが今まで以上にサビがメロディアスで印象的であるかが大事になった。着メロという一瞬の音楽の中でいかにインパクトを残せるか、または使ってもらえるかを重視するようになる。しかしこの文化は短命だった。2007年ごろをピークにスマートフォンの普及により下り坂。

図1 音楽データ売り上げ ring tunes=着うた ring back tunes=着メロ
2012年着メロの売り上げ(図1)は全盛期の1/6程度。着うたも横ばい状態で全体的に大きく売り上げを下げている。一家に一台パソコンは当たり前、YOUTUBEといった無料動画配信サイトなどがメジャーになり、時代は「いかにサビが印象的か」から「いかにミュージックビデオが魅力的か」へと変化する。聴覚的な特徴から視覚的な特徴へと変わる。それはいままでのテレビに出演することでの視覚的な印象ではなく、どんなクオリティでどんなオリジナリティで印象付けるかのやり方に変わる。同じものは何度も観ない。取捨選択が広がった21世紀の時代に、昔のザベストテンのような繰り返し同じ曲を聴かせる手段は使えない。いかに一回でひきつけるかが大事なのである。それに成功したのがきゃりーぱみゅぱみゅである。「PONPONPON」の奇天烈で意味不明なミュージックビデオは世界中からのアクセスで瞬く間に知れ渡った。

中毒キケン。最初は気にも留めていなくても、聴いてるうちにいつのまにかグルグルの魔法の中に飲み込まれ、最後にはもうなんだかよくわからない気持ちで再生ボタンを再び押してしまう自分に「あぁ・・・だめだ、ダメなんだよ」の声もどんどん遠くなって・・・。世界で「絶賛」と「マジかよ?!」がグチャ混ぜになりながら巨大な渦を巻き起こしている、きゃりーぱみゅぱみゅのPV

とこの文章を見ただけでもいかに衝撃的であったかが伺える。そうして日本の流行歌は聞く音楽から歌える音楽へと。そして見せる音楽へと変化してきた。バンプはまさに歌える音楽全盛期に登場し、聞かせる音楽へ、そして見せる音楽へと流れていく時代に現れたバンドなのであるが、彼らは異質だった。歌詞を聴かせる。ただそれだけに執着したバンドなのである。ビジュアルをウリにもせずきゃりーぱみゅぱみゅのようなポップさもない。テレビも出ないしメディア側からの押しつけもない。たったひとつの魅力で彼らはのしあがってきたのだ。

 

3.歌詞考察前期(1999年~2004年)

そんなバンプの魅力はやはりボーカルであり作詞作曲を手掛けるフロントマン藤原の世界観につきる。孤独に苦しむ少年少女を救うひとつの光として藤原は彼らの生き方を示し救った。藤原には大きなテーマがある。それが「夢」「希望」であり「命の尊さ」である。これはデビューしてから一貫して歌い続けているテーマである。思えば80年代、尾崎豊は親や社会への反抗心を強く反映した歌を出した。90年代ではミスチルがバブル崩壊後の暗い日本をなぐさめる歌を唄った。そして2000年代に登場してきたのが彼らだ。バブル崩壊後長らく続く不景気。いかに人と競争し勝ち抜く事が優先された時代が終わり、「個性」が尊重される時代へと変わっていく。大人や社会に対して強い反抗心を持つ事でアイデンティティを保つ80年代とは大きく変わり、自分という存在を模索し続ける若者が増えた。一方で地方が発展を遂げ、大型ショッピングモールやレジャー施設が充実し、若者の地元志向が進む。上昇志向は無くなり、自分らしく平和に地元で暮らしたいという閉鎖的な考え方が広まりそれと同時に強まっていったのがアイデンティティの模索である。一生地元で夢もなく過ごしていく自分の存在価値はなんなのだろうか。自分を失う若者が多くいたそんな時、バンプは「夢」「自分らしく」と若者に強くメッセージを放った。しかし決して押しつけがましくなく自分とは一体何か、何のために自分は存在し誰のために生きればよいのか。そのヒントとなるものを彼らは与えたのだ。

その彼らをひもとくために、デビューと共に前期、中期、後期と大きく分けて詳しく追っていくことにする。

図2 1stアルバム「Flame Vain」

1999年に幼なじみ四人で結成されたBUMP OF CHICKENはハイラインレコーズからデビューする。そのデビューアルバム、「FLAME VAIN」(図2)が完成したときはまだ全員10代という若さ。その若さ故にまだまだ荒削りで演奏技術も未熟なため、とてもシンプルな音作りだった。しかしこの当時から藤原の作詞能力は優れており、今でも度々ライブで歌われる「ガラスのブルース」は彼の原点であり真骨頂でもあると言える一曲だ。物語調で童謡的。どこか健気で必死で懸命に生きる登場人物に思わず感情移入してしまう。「ガラスのブルース」に限らず藤原にはそんな歌詞が多い。生きることを肯定するバンプはこの頃からそういった曲を発表していた。

 

 

ガラスの目をした猫は唄うよ 大きな声で リンリンと

ガラスの目をした猫は唄うよ 風にひげを揺らし りんりんと

声が枯れたなら川へ行こう 水に映る顔をなめてやろう

昨日よりましな飯が食えたなら 今日はいい日だったと 空を見上げて笑い飛ばしてやる

ああ 僕はいつも 精一杯歌を唄う

ああ 僕はいつも力強く生きているよ

図3  2ndアルバム「LIVING DEAD」

 

そんな青臭くも力強い歌詞に溢れたFLAME VAINでデビューした彼らは2000年にセカンドアルバム「LIVING DEAD」(図3)を発表した。このアルバムはコンセプトアルバムとなっており、全編物語形式の楽曲になっている。みんなにバカにされながらも夢を追いかける人を応援する「グングニル」。「ベストピクチャー」や「続・くだらない唄」ではタンポポ丘の桜の木の下や坂の上の安アパートなど情景が浮かびやすいような言葉を使う。自分と葛藤しながらも価値を見いだしていく「LAMP」と「リリィ」、物語調の「K」、「Everlasting lie」など初期のバンプのイメージを固定されるアルバムになった。そしてこの後すぐにメジャーデビューを果たし「ダイヤモンド」を発表する。

何回迷ったっていいさ 血の跡を辿り戻ればいいさ

目標なんかなくていいさ 気づけば後からついてくる

可能性という名の道が 幾つも伸びてるせいで

散々迷いながら どこへでもいけるんだ

大事なモンは幾つもあった なんか随分減っちゃったけど

ひとつずつ ひとつずつ 何かを落っことしてここまで来た

ひとつずつ拾うタメ 道を引き返すのは間違いじゃない

上手に唄えなくていいさ いつか旅に出るその時は

迷わずこの唄をリュックに詰めていってくれ

 

この曲は「夢」をテーマにうたっており、BUMP OF CHICKENにとっての不変のテーマの一つでもある。この後も何曲も夢を諦めないことを説き、忘れていた夢を取り戻すことを唄っている。

そしてこのダイヤモンドのカップリングとして収録されていた「ラフメイカー」という曲がネットのFLASHというもので映像化され話題を呼びカップリングながら多くの人に知られ、人気を博した。この曲も藤原の空想物語の最たる例としてよく挙げられる。

涙でぬれた部屋に ノックの音が転がった

誰にも会えない顔なのに もうなんだよ どちら様?

「名乗るほど大した名じゃないが 誰かがこう呼ぶ ラフメイカー

アンタに笑顔を持ってきた 寒いから入れてくれ」

ラフメイカー?冗談じゃない!そんなモン呼んだ覚えはない

構わず消えてくれ そこに居られたら泣けないだろう

ルララ ルラ ルララ ルラ

大洪水の部屋に ノックの音が飛び込んだ

あの野郎 まだいやがったのか 消えてくれって言ったろう

「そんな言葉を言われたのは 生まれこの方初めてだ

非常に悲しくなってきた どうしよう 泣きそうだ」

ラフメイカー?冗談じゃない!アンタが泣いてちゃ仕様がない

泣きたいのは 俺のほうさこんなモン呼んだ覚えはない

ルララ ルラ ルララ ルラ

二人分の鳴き声 遠く….

ドアを挟んで背中合わせ しゃっくりまじりの泣き声

膝を抱えて背中合わせ すっかり疲れた泣き声

今でもしっかり俺を 笑わせるつもりか ラフメイカー

「それだけが生きがいなんだ 笑わせないと帰れない」

今ではアンタを部屋に入れてもいいと思えたが

困ったことにドアが開かない 溜まった涙の水圧だ

そっちでドアを押してくれ 鍵ならすでに開けたから

ウンとかスンとか言ってくれ どうした おいまさか

ラフメイカー?冗談じゃない!今更 俺一人置いて

構わず消えやがった 信じた瞬間裏切った

ラフメイカー?冗談じゃない!逆側の窓の割れる音

鉄パイプもって泣き顔で 「アンタに笑顔を持ってきた」

ルララ ルラ ルララ ルラ

小さな鏡を取り出して 俺に突き付けてこう言った

「アンタの泣き顔笑えるぞ」

呆れたが なるほど笑えた

 

難解な歌詞ではなく、またアダルトで複雑な情緒を表すわけでもない。悲しんいでる時に「ラフメイカー」なるものが突然やってきて「お前を笑わせにきた」と言い出す。初めはほっといてくれとつっぱねる住人だが、次第に彼を許すようになり最後は二人ともくしゃくしゃの泣き顔で笑った。とても単純で分かりやすい。藤原のありえない架空の登場人物をコミカルかつ人間味あふれる描き方は多くの若者の心に突き刺さり、バンプをよく知らない人たちにとってみればバンプを物語調の曲を作る人と思う人も少なくないだろう。

このように自分にとって大切な物は何かという中高生の問いかけ・悩みを端的に、そして如実に歌いきる藤原は人気が出ないわけがなかった。

このシングルで確実に知名度を上げ、ブレイク一歩手前だと言われていた中で出した曲が「天体観測」だ。この曲がバンドにとっての最大のヒット曲で累計55万枚以上売り上げている。僕と君の二人が午前二時に望遠鏡担いで「今」というほうき星を探す。知っていたことも知ってしまったことも知らなかったことも知り得ないこともどんどん増えていっていく。それでも懸命に予報外れの雨に打たれながら探し続けると言った、自分探し系の歌だ。このヒットによりバンプ=自分探しというイメージがつくようになり、求められる物はいつだって中高生の心を動かせる内容だった。また楽曲としても、イントロではギターを8本重ねて録音しており宇宙や星をテーマにうたった曲に似合う重厚感のあるイントロになっている。またマイナーコードも多く駆使していて軽くなり過ぎない少し暗めに作っているが、決して「暗い」という印象は抱かせないのがこの楽曲の魅力でもある。

図4 3rdアルバム「jupiter」

 

その後2002年に3枚目のアルバム「jupiter」(図4)を発売。またメジャーデビュー一作目のアルバムにもなったこの作品は、音もより鮮明で綺麗にまとまった仕上がりになっている。ヒット曲「天体観測」を筆頭に、ここでも藤原節は炸裂する。強烈な歌詞と重く歪んだギターが自分自身の葛藤と苦悩を表したtitle of mineは特にこのアルバムの中で異彩を放っている。歌詞の一部を抜き出すと

 

人に触れていたいと思うことを恥じて

嗚咽さえも噛み殺して よくもまあ

それを誇りと呼んだモンだ あぁ

この震えた喉に本音を尋ねたら、声も震えていて ちゃんと聞こえなかった

差し出された手を丁寧に断ってきた

スズメが鳴くように 気にもとめず唄ってきたけど気付いたら

君に触れていたいと 思う俺はなんだ!?

今になって思い知った

大切なことを歌い忘れていた

孤独を望んだフリをしていた。手の温もりはちゃんと知っていた

その手に触れていつか離れる時が来るのが怖かった

人に触れていたいと 唄っていいかい

 

甘えている自分や弱い自分を他人に見せることは恥だと感じるようになり、必要以上に強がってしまう時期が誰にだってある。でもそれは実は誰よりも甘えたい時期であり誰よりも自分を信じ切れず、誰かに認めてほしい時期でもある。そんな悩ましい感情をまるでみすかすかのように藤原は「title of mine」で唄いきる。また「ハルジオン」では

 

虹を作ってた 一度触れてみたかった

大人になったら 鼻で笑い飛ばす夢と希望

ところが僕らは気付かずに繰り返してる

大人になっても虹を作っては手を伸ばす

いくつもの景色を通り過ぎた人に問う

君を動かすモノは何?その色は?その位置は?

 

と、一貫してまだ大人になりきれない人の目線で唄う。虹という見えても触れない夢のような幻想的なモノ。そんなものに触れようなんてばかげた夢や希望持ってないでまじめに生きろと諭す大人や社会。でもそんな事は気にしない。藤原は20を過ぎてもこうやって虹に手を伸ばし続ける。そういった意志がかいまみえる。じゃあ大人達にとっての虹はなんなんだ。どんな色してどこに架ける虹なんだと藤原は訴え続ける。

図5 4thアルバム「ユグドラシル」

2年後の2004年には通算4枚目のアルバム「ユグドラシル」を発表(図5)。25歳になった彼らは音楽的にも歌詞の内容にも少し変化が生まれるようになる。「ロストマン」では一度自分の進んできた道を振り返り正しかったかどうか考え、「ギルド」では人として日常を生きて行く上で得ること失うことを描き、「車輪の唄」や「スノースマイル」では藤原節を活かしながらすこしセンチメンタルな物語を作っている。また「車輪の唄」では映像ではベースの直井がウッドベースを使用したり、ドラムスの升がブラシスティックを使い、シンセサイザーも使用するなど音楽の幅を少しずつ広げていっていることもわかる。そして、私がインタビューした元バンプファンの人たちもこのアルバムを聴き「曲の感じが変わった」と感じた人もおり、やはりここが彼らにとっての初めての分岐点だったのではないかと思う。

ユグドラシルにも収録されている8枚目のシングルとなる「オンリーロンリーグローリー」はこのアルバムの軸にもなっている曲だ。

そしてその身をどうするんだ 本当の孤独に気づいたんだろう

あふれる人の渦の中で 自らに問いかけた言葉

放射状に伸びる足跡 自分だけが歩き出せずにいる

死んだ心をどうするんだ 忘れたふりしておぼえてんだろう

突き放しても 捨ててみても どこまでもついてくるって事

闇に守られて 震える身に 朝が迫る

おいてかれた迷子 遅すぎた始まり

さあ 何を憎めばいい

目隠しをしたのも 耳ふさいだのも

すべてその両手

ロンリーグローリー 最果てから声がする

選ばれなかった名前を 呼び続ける光がある

オンリーグローリー 君だけが貰うトロフィー

特別じゃないその手が 触ることを許された光

 

死んだ自分とはなにかを諦めたり挫折したりした自分。そんな自分を置いてきぼりにしようとしたのに、どこまでもこびりついて頭から離れない。自問自答を繰り返す。そうだ。いままでの死んだ自分に対しての障害は全部自分で作ってきたんだ。藤原は「たった一つの孤独な栄光」を自分だけが触る事の出来るものだと訴える。

ここまで彼らの歩みを歌詞とともに進めてきた。フロントマン藤原はいつの時代も夢や希望を強く歌った。しかしかれらのよさはそんな単純な元気付けの唄だからではない。どこか切なく寂しげな登場人物にどうしても共感してしまうのだ。常にネガティブな目線が今までになかった斬新さなのである。そしてバンプは常におおきく3つに分けられるテーマで歌っている。「夢」と「自分探し」と「生への肯定」である。それを順に説明する。

(1)夢

「ダイヤモンド」から「何回転んだっていいさ」と歌って「破り損なった手作りの地図」をもう一度見つめ直して忘れてた事を思い出す。夢追いかける人間を笑う資格なんか誰にもないと「グングニル」で「夢」を強く語る。「LAMP(1999年発売)」では情熱の炎、「ベストピクチャー(THE LIVING DEAD収録 2000年発売)」では本当にやりたかった事はなんなんだと問いかける。自分がもともと秘めていたものを解放させる曲調だ。夢なんて簡単に叶わないと知っているしそれを大人達が邪魔するのも知っているけどだからこそ掴みにいくんだ。というような展開の歌詞が多く、励まされるものも多い。

(2)自分探し、自分肯定

一方でjuputerに収録されている「stage of the ground」や「オンリーロンリーグローリー」のような、なにもない自分だけどそれでも精一杯胸を張って生きていいんだと言う歌詞も多く存在する。「リトルブレイバー」もそのひとつだ。

 

そのポケットのスミを探すのさ きっと勇気のかけらが出てくるだろう

自信を持って良いはずさ 僕ら時には勇者にもなれるんだ

守るべきものがあればリトルブレイバー

守るべき人が居ればリトルブレイバー

僕ら誰でも大切な何かをきっと持ってんだ

大なり小なり人それぞれの何かを持ってんだ

僕らいつでも大切な何かのために生きてんだ

 

たとえ人より秀でた何かが無くても目立つ事ができなくても人それぞれストーリーがあり大切な物があって当然でそれこそが本当に価値のある事なんだとバンプは常に歌う。自分探しであり肯定の歌詞だ。FLAME VAIN収録の「アルエ」も自分が一体何者かよく分からず居場所も分からないけれど素直に生きて感情を出せばいいんだよと手をさしのべている。

(3)生への肯定

シングル「プラネタリウム」のカップリングに収録されている「銀河鉄道」での主人公は、電車に乗って慣れ親しんだ故郷を離れる気持ちを描いている。歌詞を断片的に抜粋すると

電車の窓はガタガタ鳴く 生きた街を遠ざける

見送る人も居なかった僕の 生きた街を遠ざける

人は年を取るたび 終わりに近づいていく

役には立てないし邪魔はしちゃうし目を閉じてみたけど 辛くなるから 目を開けた

電車の窓はガタガタ鳴く 生きる街を近づける

出迎える人も居ないであろう僕の 生きる街を近づける

誰もがそれぞれの 切符を買ってきたのだろう

今までの物語を鞄につめてきたのだろう

荷物の置き場所を 必死で守ってきたんだろう

これからの物語を 夢に見てきたのだろう

人は年を取るたび 始まりから離れていく

動いていないように思えていた 僕だって進んでいる

 

この唄では随所で「僕は止まったまま」という表現や暗に示された歌詞がある。誰にも望まれない自分で邪魔ばかりする自分でも、生まれた瞬間から止まってるようで動いていて、確実に終わりに近づいている。一見ネガティブにみえるこの唄だが、それでも生きなきゃならない、自分の居場所を必死に守っていかなければならない強い意志がみられる強い唄である。これがボーカル藤原の「生きる事への肯定」である。アルバム「jupiter」に収録されている「ベル」では

 

耳障りな電話のベル 「元気?」ってたずねる君の声

僕の事なんかひとつも知らないくせに 僕の事なんか明日は忘れるくせに

そのひとことが温かかった僕の事なんか知らないくせに

 

この曲では疲れた主人公に一本の電話が鳴る。それは「君」からの電話で、「元気?」と尋ねてきた。どうせ心にも思ってない事を言っているのだろう。そう思う主人公だが、心ではどうしようもなく励まされ温かく感じている。これでもやはり「生」をかなり強く濃く書いている。バンプに多く見られるのが対人関係で生の意義を見つけ出すということ。決して一人で探す物ではなくて、誰かの支えやアドバイスや存在でたくましくなっていく、そんな唄が多い。そこにバンプから暑苦しさや情熱といったワードが浮かんでこない理由である。また「メロディフラッグ」が、世界はずっと進んでいるし昨日も忘れてしまい、どんどん汚れていってしまうけど忘れちゃいけない事もあるからこのメロディでいつでも思い出してほしいと歌うように、または「銀河鉄道」のように辛くても生を肯定する内容の曲も多くあるのがバンプだ。「ガラスのブルース」や「title of mine」もネガティブでありつつ生きる事を強く願っている。このように「夢」「自分探し」「生への肯定」この三つを意識して歌うバンプだからこそその三つを欲する中高生に共感してもらえたのだろう。その一曲一曲がピタリと当てはまり自信をつけさせてくれる。常に思春期のバイブルだったのだ。

 

4.問題点―「国民的バンド」になれない二つの矛盾―

 

4-1.ファンの問題

しかし、その徹底ぶりもずっと受け入れられるわけではない。バンプは比較的リリースが遅く、一年に一曲程度数年に一度オリジナルアルバムが発表するのが精一杯で、現に活動14年しているがオリジナルアルバムは6作と約2年に一度のペースでしか発表されていない。私も4枚目のユグドラシルの頃は中学生だったが、6枚目のCOSMONAUTには大学生になっていた。こうなると少しずつ聴く側としても立場は変わってくる。自我に悩み夢と現実で揺れ動く心情の時期は過ぎ、大人へと成長していく。自分は自分だと割り切ることができるようになり、夢と現実もしっかり区別できるようになる。少しずつ、夢だの自分らしくだの歌い続ける藤原と感覚がずれていく。藤原はいつでも同じ事を唄い同じ目線で唄い続ける。あの頃は深く共感し感動していた自分も次第に共感を覚えなくなり感動が得られなくなる。それ以上に他の歌手の言葉が突き刺さる機会が増える。ファンにとって藤原と現実のズレが次第に大きくなっていくと聴く機会が減っていく。藤原が同じ事を歌い続ける限り、永遠に彼を好きで追いかけ続ける事はできないのだ。彼の独特で鋭い歌詞が逆にファン層の狭さと、ファンの継続性を拒んでしまっているといえる。これがバンプの「国民的バンド」への道を閉ざしてしまっているひとつの理由だろう。

 

4-2.バンプの問題

聞く側が成長する事でバンプを卒業していく事が一つ。二つ目はバンプ自身の成長にある。人が学校を卒業し、社会に出て酸いも甘いも知り部下ができて成長していくのと同じように音楽をするものにとっても成長は不可欠だ。自分たちで作詞作曲を続ける以上、年齢や時代と共に変わっていくのが当然の流れと言える。また世の中のニーズも当然変わる。その若者のニーズの変化を読み取りバンド自身が変化していく事が大切なのである。良い例としてMr.Childrenが挙げられる。90年代前半は「君がいた夏」や「抱きしめたい」などありがちなラブソングを多く歌っていたが94年に発売された4枚目のシングル「cross road」では迷いながらも選択し進んでいく現代人を描きミリオンセラーとなり、6枚目のシングル「tomorrow never knows」 ではもっと個人に近づいた歌を唄い、続く7枚目のシングル「everybody goes~秩序のない社会にドロップキック~」ではサラリーマンについて歌い、「ベッドじゃ社長の上に股がって」という歌詞にもあるようにかなりダークな日常を描いている。きれい事じゃない世界を表しそれが世間のニーズと一致した。かれらがここまできたのは、この世界観の方向転換があったからだ。その後もニシエヒガシエなどで痛烈に社会を風刺した歌をだすなど、当時の若者のみならず暗い日本を矛盾と向き合いながら健気に支え続ける大人達の心にも響いた。彼らのように、時代にマッチした歌を唄うことがヒットにつながったのはbump of chickenにとっても同じだ。ダイヤモンドも天体観測もロストマンも当時の少年少女の悩みと全く同じ目線でたてたからこそメディアの露出が無くともこれほどの人気を獲得できたのだ。

しかしミスチルとは大きく異なるのが先ほどいった方向転換だ。かれらは恋愛ソングから社会派シンガーへと変化し一躍トップアーティストの仲間入りを果たした。だがそれで終わりではない。彼らはよりポップネスでより温かみのある曲を発表し、恋愛曲も平行して数多く発表し10代20代の女性のファンも取り込んだ。恋愛よりの曲を好む女性も社会問題を皮肉混じりに歌う曲が好みの男性も、ストレートでロックな曲を好む青年もみんなミスチルの虜になった。バンドとしての時代や世代に伴った歌詞や曲作りが彼らにはできたのだ。BUMP OF CHICKENにはそれが許されなかった。メディア露出の少ない彼らを追いかけるのはよほどの興味関心がないとできない。そのため彼らにはコアなファンが他のアーティストより多く、そしてそのコアなファンは理想の「藤原」像を描き求め続ける。まるで王子様のようにプライベートは秘密めいていて彼女がいるのかいたのかも分からない。すべてファンの憶測によって藤原像は固められていく。神聖なものへとどんどん昇華していきピュアで清らかで優しくてそっとそばにいてくれる、そんな藤原をファンは描く。だから彼らに肉体関係を示唆するような言葉は求められていない。「がんばれ」「まけるな」といった応援ソングもファンは望んでいない。「大好きだよ、結婚しよう」と言った風なベタベタな恋愛ソングでもない。常に弱者の味方で応援ではなく共感の立場で優しく慰めてくれるそんな歌を求められたバンプには変わるという選択肢はなかった。さらに近年はCDが売れない時代。あらゆるジャンルや方向性の曲を書き、ミーハーなファンを増やしてもCDの大幅は売り上げ増加にはつながりにくい。いかに今まで熱心に聴いていたコアなファンを大切にし、そのファン達にライブに来てもらいグッズを買ってもらうか。バンプに限らず、ほとんどのバンドはそれでしか生きる方法はなかった。ミスチルのように内容を変えるリスクを犯す事はバンプにはできなかった。何歳になってもスノースマイルのような「冬って良いね。君の冷えた左手を僕の右ポケットにお招きする良い理由になるんだから」と歌い続けねばならないのだ。バンプの成長はある意味でファンが妨げていると言っても良いだろう。リスナーが成長し、バンプから離れていくと同時に残ったファンは引き続き同じ藤原像を求め続ける。この矛盾した二つの方向性がバンプを結果的に停滞させる理由となった。

 

5.歌詞考察中期(2005年~2010年)

図6 5thアルバム「orbital period」

しばらく時間が空き2007年、5枚目のアルバム「orbital period」を発売する(図6)。このアルバムの歌詞カードには藤原が書き下ろした絵本「星の鳥」と一体化しており、藤原のかねてからの童謡的なセンスを発揮した作品となった。楽曲に関しても2曲目に収録されている「星の鳥」は3曲目の「メーデー」のイントロの前奏になっており、基本この「メーデー」は4拍子だが間奏や歌に入る前の部分で四分の三拍子になり、リズムを付けた工夫がされている。続く「才能人応援歌」ではコードチェンジが裏拍にしてあったり「時空かくれんぼ」では8分の6拍子に挑戦するなどいままでのシンプルな4拍子の作りから離れる試みもしてあり広がりのあるアルバムとなっている。またテーマがより広く壮大になっているため、歌詞も今まで程内向きな曲は無くなったのも特徴の一つだ。なにかひとつ諦めたような歌詞がこのアルバムには含まれている。

 

才能人応援歌

得意なことがあった事 今じゃもう忘れてるのは

それを自分より 得意な誰かがいたから

ずっと前から分かってた 自分のための世界じゃない

問題ないでしょう 一人くらい 寝てたって

生活は平凡です 平凡でも困難です

星の隅で 継続中です

声援なんて皆無です 脚光なんて尚更です

期待されるような命じゃない

中略

大切な夢があった事 今じゃもう忘れたいのは

それを本当に叶えても 金にならないから

痛いってほど分かってた 自分のためのあなたじゃない

問題ないでしょう 一人くらい 消えたって

ファンだったミュージシャン 新譜暇つぶし

売れてからはもうどうでもいい

はいはい全部綺麗事 こんなの信じてたなんて

死にたくなるよ なるだけだけど

中略

隣人は立派 将来有望 才能人

そんな奴がさあ がんばれってさあ

怠けて見えたかい そう聞いたら頷くかい

死にたくなるよ 生きていたいよ

世界のための自分じゃない 誰かのための自分じゃない

得意な事があった事 大切な夢があった事

僕らはみんな分かってた 自分のために歌われた唄などない

問題ないでしょう

唇からこぼれ落ちた ラララ

その喉からあふれ出したラララ

とても愛しい距離 その耳だけ目指す唄 ラララ

僕が歌う 僕のための ラララ
君が歌う 君のための ラララ
いつか 大きな声 唯一人のための唄 ラララ

 

この唄はかなりネガティブな印象を受ける一曲だが、サビの部分の「唇からこぼれ落ちた ラララ」から始まるところで、自分だけのために生きたって良いそんな歌で良い。自分の心にだけ響く唄で良いからと言う。特に印象的なのは「好きだったミュージシャンが売れてからは新譜も暇つぶしで適当に綺麗事並べて作っている。そんな音楽に心打たれていた自分が情けない」と自分たちを暗示するかのような歌詞だ。世の中そんなもので、我々が歌っている事も決して今聴いているあなた一人に歌った唄じゃないと冷めた目線で歌っているのもひとつ今までと違う大きな点だろう。

図7カップリングアルバム「present from you」

 

その後しばらく大きな活動を止める。カップリング集「present from you」(図7) を2008年に発表する。これは今まで出してきたシングルのカップリングをまとめた物で、新曲自体はない。しかし最後に収録された「プレゼント」は曲自体はアルバムTHE LIVING DEADのころに作られ「opening」と「ending」に分けられ発表していた物をフルコーラスで収録した。この曲はずいぶん古いがこの曲こそボーカル藤原らしさが詰まった曲なのではないかと思う。

 

お尋ねします この辺りでついさっき

涙の落ちる音が聞こえた気がして

駆けつけたんだけど 誰の涙かな

そういや君はずいぶん赤い目をしてるね

ええと、うん そうだいくつかの物語を

プレゼントしてあげる

ちゃんと読んでおく事 いいね

それじゃまた後で

世界に誰もいない気がした夜があって

自分がいない気分に浸った朝があって

目は閉じてる方が楽夢だけ見ればいい

口も閉じれば呆れる嘘は聴かずに済む

そうやって作った頑丈な扉

この世で一番固い壁で囲んだ部屋

ところが孤独を望んだはずの両耳が待つのは

この世で一番柔らかいノックの音

ええと、うん きっと今もまだ震えながら 笑おうとして泣いて

音のない声で助けを呼ぶ それは正しい姿

このままだっていいんだよ 勇気も元気も生きる上では

無くて困る物じゃない あって困る事の方が多い

でもさ壁だけで良いところに わざわざ扉作ったんだよ

嫌いだ全部好きなのに

ええと、うん 大丈夫君はまだ君自身をちゃんと見てあげてないだけ

誰だってそうさ 君一人じゃない

ひどく恥ずかしい事で でも逃げられない事で

そりゃあ僕だってねぇ そりゃ僕だってねぇ

本当に面倒な事で 誰にも頼めない事で

そりゃ僕だってねぇ まあ いいや

少なくとも君には味方が居るよ

プレゼントの物語の中の住人達

さあこれから何をするんだい 僕はもう行かなきゃ

ほらまたどこかで涙の落ちる音

 

この曲は涙の落ちる音を聞いて駆けつけたプレゼントの送り主の語りから始まる。物語調なのは藤原の得意分野。「ラフメイカー」を彷彿とさせる涙を流す人に突然の訪問者。ネガティブな文章が続くのも相変わらずだ。孤独でもう喋りたくも関わりたくもないのに、誰かの助けを待っている。そんな的確な表現に思わずそうそうと共感してしまう。しかし藤原は「そんなんじゃだめだ。立ち上がれ!負けるな!」という論調にはならない。それが正しい姿なんだと理解をしめす。勇気も元気もいらないというのは今までになかったかもしれない。でも本当に閉じこもりたい訳じゃなくて、そこにはちゃんと扉があってノックの音が聞こえるのを実は待っている。そうやさしく寄り添うような口調で生を必死に肯定する。君一人悩んでいる訳じゃない。いままで解説してきた藤原の考えや手法がひとつに集まった曲だといえる。このアルバムは中期にでたが、どちらかというと今までの総括的なポジションにあると思う。

それからも一年に一枚ほどシングルを出し、2010年、3年ぶりに6枚目のアルバム「COSMONAUT」(図8)を発売する。基本のコードや構成などは初期の頃から変化はないが、ドラムをずらしたり拍子を変えるなどして工夫されている楽曲が多い。特に一曲目の三つ 星カルテットは、8分の5拍子を基本に4分の6拍子と4分の5拍子を組み合わせた曲で大きなひとかたまりの小節で作られているのが特徴。このように、昔は一小節が短く作っていたのに対し、今は一小節を大きく作っており作曲技術と演奏技術の向上がこのあたりから見られるようになる。このアルバムに関して言えば比較的歌詞より楽曲に力を入れた作品になっている。比較的落ち着いた曲が後半に続き安定感のある演奏もみせている。

図8 6thアルバム「COSMONAUT」

 

歌詞も僕と君について歌ってはいるがいままでのような熱量の高い歌詞は減った印象を受ける。つまり歌詞としても楽曲としても大人へと成長しているのである。大切なモノを噛みしめるように歌いこれからもしっかり歩んでいこうという決意が随所に見られ、また作曲段階での違いもあったと藤原は語っている。

「プロデューサーからリクエストもしてくれてたんで。♪ジャカジャーン!て曲書いてとか、四つ打ちの曲書いてみたいな。四つ打ちの曲書いてって言われて書いたのが“宇宙飛行士への手紙”でクリスマスソング書いてって言われて書いたのが“Merry Christmas”ですけど。~中略~一往復だけですね。【はいこういうお題です、後はお好きにどうぞ】っていう。で、僕も、【こんなんできました】って。うん、そんな感じ」

今まで一人ですべて作り上げてきた藤原にプロデューサーのアイデアや提案が盛り込まれることで、今まで藤原では考えることの出来なかった作品が出来るようになったのだ。それが「Merry Christmas」である。実際、藤原がこのような幸せソングを歌うとは思ってもいなかったし驚かされた人も多かっただろう。

 

 

うれしそうな並木道を どこへ向かうの

すれ違う人は皆 知らない顔で

街はまるでおもちゃ箱 手品みたいに

騙すように隠すようにキラキラ光る

バスの向こう側で 祈りの歌声

今夜こそ優しくなれないかな 全て受け止めて笑えないかな

大声で泣き出した 毛糸の帽子 空に浮かぶ星を取って飾りたいという

待ちぼうけ 腕時計 赤いほっぺた 白い息で冷えた手を暖めながら

ずっと周り続ける 気象衛星 誰かに優しく出来ないかな 全て受け止めて笑えないかな

いつもよりひとりが寂しいのは いつもより幸せになりたいから 比べちゃうから

肩ぶつけて頭下げて睨まれた人 嘘つきが抱きしめた大切な人

街はまるでおもちゃ箱 あなたも僕も 誰だろうと飲み込んでキラキラ光る

許せずにいる事 解らない事 認めたくない事 話せない事

今夜こそ優しくなれないかな 全て受け止めて笑えないかな

僕にも優しく出来ないかな あなたと楽しく笑えないかな 笑えないかな

信号待ち 流れ星に驚く声 いつも通り見逃した どうしていつも

だけど今日はそれでも嬉しかったよ 誰かが見たのなら素敵なことだ

そんな風に思えたと伝えたくなる 誰かにあなたに伝えたくなる

優しくされたくて見てほしくて すれ違う人は皆知らない顔で ラララ

知らない顔で 同じラララ しまう電話の向こう 同じラララ

そうだといいね そんなこともないかな イヤホンの向こう 同じラララ

 

彼らはこの歳で30歳を超えた。藤原自身も同インタビューで「30歳になってから考えることって、20歳のときに想像するよりも意外と多かったし。30になってみてこう思う、みたいなことっていろいろあったでしょ?そういうのは多分(アルバム)に出てるんじゃないですかねぇ」と語っている。そしてそんな30歳になる直前に書けた曲が「魔法の料理 ~君から君へ~」だった。この歌はまるで彼ら自身の過去を振り返っているかのような歌詞で、いままでなかった家庭の温かみについて歌っているやはりこれも30という節目を迎えたからこそ生まれたものなのだろう。

 

叱られた後にある晩御飯の不思議 あれは魔法だろうか 目の前が滲む

正義のロボットの剣で引っ掻いたピアノ 見事に傷だらけ こんな筈じゃなかった

大きくなるんだ伝えたいから 上手に話して知って欲しいから

何て言えばいい何も分からない

君の願いはちゃんと叶うよ 楽しみにしておくといい

これから出会う宝物は宝物のままで古びていく

確か赤だった筈だ三輪車 どこまでだっていけた

ひげじいがくれた熊は よく見たら犬だった

プラスチックのナントカ剣で傷つけたピアノ 模様のつもりだった 好きになろうとした

~中略~

怖かったパパが本当は優しかったこと 面白いママが実は泣く時もあること

おばあちゃんが君の顔を忘れたりすること ひげじい あれは犬だって伝え様がないこと

いつか全部分かる ずっと先のこと

疑いたいのも分かる 君だから分かる メソメソすんなって

君の願いはちゃんと叶うよ 怖くても よく見て欲しい

これから失くす宝物が くれたものが今 宝物

君の願いはちゃんと叶うよ 大人になった君が言う

いえないから連れてきた思いは 育てないままで 唄にする

 

しかし彼らは「大人」になるのが遅かった。決して人として遅かったわけではない。彼らなりに30という節目を迎え一皮剥けることはまったく遅いわけではない。あくまで、バンドとして、世間とのずれの問題である。一つ目の問題点でも言ったように、ファンは幸せを歌うバンプになってほしくない。いつでも苦しみマイノリティな方を味方してくれるネガティブなバンドであって欲しいのだ。つまりそれは彼らにとってそれはファンがついてこなくなる一因にもなった。彼らはアルバムリリース後も「友達の唄」、「smile(東日本大震災の際、チャリティー目的で発売された)」、「ゼロ」、「グッドラック」と続けてシングルを発表。ドラえもんの主題歌などのタイアップもあってか、どの曲も温かみがありトゲの少ないポジティブな仕上がりになっている。30を超え大人になり、大切な物に気付いたバンプが示した「ポジティブポップネス」は今までのファンには違和感を与えたがテレビゲームのテーマソング、映画「ドラえもん」の主題歌、映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64 」の主題歌をつとめ、より広くの人にBUMP OF CHICKENというものを知ってもらおうとした。しかしこれらの楽曲は決して人気を博すことはなかった。もちろん子供連れでドラえもんを見た若いお父さんお母さん世代や、ALWAYS~をみた50代のおじさんにある程度認知してもらうことには成功したかもしれない。しかしそれ以上に彼らを追い続けるコアなファンというものを失いかねない曲だった。

 

6.問題点―独立と育成の経験不足―

BUMP OF CHICKENが国民的なビッグバンドになれない理由は成長だといった。したとえ歌詞が大人びてもバンド自体が成熟しなければ意味がない。では彼らに何が足りないのか。大人なバンドと認識されるために必要な条件は何か。彼らと同じ時期に現れた同世代バンドと比較しながら見ていく。

1996年に結成し、2002年「崩壊アンプリファー」でキューンレコードからデビューしたASIAN KNG-FU GENERATION(以下アジカン)は2004年にリリースした「リライト」で話題を呼び人気に火が付いた。その後セカンドアルバム「ソルファ」でオリコン一位を獲得。平凡な日常を情緒豊かに描いた世界観と、なによりさまざまな音楽を吸収した最先端の音楽で、oasisともweezerともeastern youthとも評されるかっこよくて尚且つシンプルな心に響くロックで、ようするに「シンプルかっこいい」バンドである。そんなアジカンはメディア露出は少ないものの、確実にヒット作をとばしまた実力も確実につけていく。バンプとは違った音楽で違った方向性でファンを増やし、アリーナも日本武道館も海外公演もこなしてきた。

Dragon Ashは97年に「the day dragged on」でメジャーデビュー。99年にリリースした「grateful days」では90万枚以上売り上げる大ヒットを記録し、その後2000年代前半にかけてヒットを飛ばし続ける。彼らの魅力は一言で言って「悪い」だ。当時日本では認知度の低いミクスチャーロックを広めた功労者である。歌詞もバンプとは真逆で「grateful days」の歌詞の一部の

「東京生まれ HIPHOP育ち 悪そなヤツは だいたい友達」

にも表れているようにとにかく悪い。いままでSMAPや安室奈美恵、ミスチル、スピッツしか聞いたことない人たちにしてみれば恐怖の対象でしかなかっただろう。体には刺青、怖い顔で低い声をだし「かかってこい!!!」といったような挑発もありDragon Ash以上に聞いてる人たちがライブ会場で暴れまわる。もちろんそのずっと前からアナーキーなバンドや激しいバンドはたくさんいたが、こういったバンドが音楽業界の表舞台に立ったのは珍しいことだった。

こうしたアジカンのように、バンプほどの強烈に求心力のある歌詞があるわけでもないのに、王子様のような扱いを受けたり、まるでジャニーズのような声援を受けるわけでもないのに彼らはメジャーシーンから消えることもなく大人のバンドへと成長してきた。その理由の一つとしてあげられるのが「後進の育成」だ。彼らはいつでも第一線で歌い続けるが同時に彼らは自分たちのお気に入りのバンドマンを世に出す手伝いを行っている。メジャーデビュー前から企画主催しているASIAN KUNG-FU GENERATION presents NANO-MUGEN FES.は03年から毎年行われている。彼らが目にかけているバンドや仲のいいバンドを呼び、今年は全国6都市で開催された。またボーカル後藤が運営するレーベル「only in dreams」もあり粗削りな若手を抱えている。97年に結成された10-feetは自身が主催するフェス「京都大作戦」を2007年(第一回目である07年は台風のため中止、実質08年が第一回目となる)から毎年さまざまなジャンルのアーティストを呼び開催している。そして90年代に爆発的にヒットし、日本の近年のパンクを作り上げ今まで数えきれないほどのフォロワーを従えてきたHi-STANDARDは「AIR JAM」というフェスを毎年開催、さらにボーカルの横山健はPIZZA OF DEATH RECORDS代表取締役で、若手バンドの育成発掘に力を入れている。ミスチルは個人の目立った活動はないがボーカル桜井は小林武史と坂本隆一とともに一般社団法人ap bankを設立しており、毎年ap bank fesを開催し、いろんなアーティストと共演しそこから派生したbank bandとしてカバーアルバムも出すなどほかのアーティストとの交流を積極的に行っている。

このようにアーティストは自分たちが築き上げてきたキャリアと経験を活かし、後進を育てるべくあらゆる取り組みに挑んでいる。それはアーティストのみならず大人になれば誰だってすることであり、ある意味それが先輩としての使命でもあるのだ。雑誌のインタビューでも誰かと対談したり、対バンしたりセッションしたりライブに乱入したり。アーティスト達は互いに刺激しあい高め合いながら成長をしていく。バンプにはそれがたりず、それが幅広い世代へと聴いて貰うためのステップアップを阻む一つの要因だ。しかし経験がないわけではない。彼らはたしかに大きな会場も何度も経験しフェスにも多く出演し、他の演者との交流もある。海外公演も経験しているしタイアップの経験もある。しかし大きく足りないのは「変化」だ。バンプにとって独立やメンバーチェンジが一度もない。多くの歌手はそのバンド自体人気があっても意外とふらふらと違うことを各々やり始めることが多い。ストレイテナーのボーカルホリエアツシはentとしてソロデビューし並行して活動中。ELLEGARDENは活動休止後、ボーカル細美はthe HIATUSとして、ギターの生形はNothing caved in stoneのメンバーとして、ほかのメンバーもそれぞれ違うバンドとして活動している。Dragon Ashやくるりは何度もメンバーチェンジを行いその時に合った編成で音楽を作っている。最近ではRADWIMPSのボーカルの野田もillionとして海外デビューも果たしている。幼馴染の4人組で結成しデビューから今まで同じメンバーで続けてきたバンプにはフィーチャリングやソロデビューなどといった「変化」がほとんどない。それは彼らが拒んでいるのか。それともファンが拒んでいるのか。もしくはそのファンの拒否を恐れて事務所が方向転換を打ち出せないのか。戦略的にしろ個人の望みにしろ、それが彼らの変化を留まらせる。本来なら戦略を立て直し新しい領域へと踏み込む事で既存のファンを減らすリスクを背負ってでも変化していかなければならない。ミスチルもサザンもラルクもみんなそうしてスターダムの階段を上ってきた。ラルクに関しても売れるまではもっと過激で派手な格好をしていた。まずは知ってもらう、興味を持ってもらう。そのための変化であるならば本来は必要なはずだ。

しかし彼らには良くも悪くも異常に変化を望まないファンがついてしまった。最近バンプを知った中高生達は今のバンプを好み、このまま変わってほしくないといっている。私たちのような年代は、LIVINGDEADの頃のバンプが好きだったのに、orbital periodから雰囲気が変わってしまい聴かなくなってしまった。つまり彼らの魅力はその最大瞬間風速にあるのだ。その時その瞬間、その大好きだった頃のバンプが一番すばらしく、それ以外は落ち目なのだ。個人個人それぞれにとってバンプのピークがあり、一度迎えたピークを吹き返すことはないのだ。誰もが「あの頃」のバンプに憧れ魅了されていた。「今」のバンプが一番好きなのは「今」バンプのファンになった子達だけなのだ。常に最大瞬間風速を維持したままバンプは進んでいく。ファンはハマっては離れまたハマっては離れることを繰り返す。まるで竜巻のように学生達を巻き込みながら進んできた。それは他のバンドには見られない珍しい現象である。もちろん、そうやって新しいサイクルで3年経てば今まで好きだったファンは離れ、その数だけ新しいファンを取り込む事ができれば問題はない。しかし何度も言うように時代は変化している。バンプの歌詞はあくまで2000年代の若者の価値観にフィットした物だ。これから2010年代、2020年代へと変わっても若者の価値観が変わらないとは言えない。むしろ変わって当然なのである。そうなるとバンプの歌詞は問答無用で心に響かない時代遅れの唄になってしまう。今の子達が尾崎豊を聴いても感動しないのと同じだ。バンプにとっての変化は彼ら自身のためだけでなく、バンド存続のためでもあるのだ。

7.歌詞考察後期(2010年~現在)

図9 23枚目のシングル「firefly」

しかしこれからずっとそんな状態が続くと思われていた矢先、ある変化が起き始めた。昨年リリースされた「firefly」(図9)では新たなバンプの一面を覗かせた。蛍の光のような一瞬の夢を追いかける様を描くこの曲は基本のスタンスは変わらないものの、なにかバンプに流れていた生暖かい空気を一掃する曲だった。

 

蛍みたいな欲望が ハートから抜け出して

逃げるように飛び始めたものが 夢になった

当然捕まえようとして 届きそうで届かなくて

追いかけていたら物語になった

色んな場面を忘れていく

笑って泣いた頃もあって そうでもない今もあって

どっちでもいいけど どっちでも追いかけていた

分かれ道もたくさんあって 真っ暗に囲まれて

かすかな金色に 必死でついて行った

いつの間にか見えなくなっても 行方探している

命の仕掛けは それでもう全部

色々と難しくて 続けること以外で

生きていること確かめられない

報われないままでも 感じなくなっても

決して消えない光を知っている

諦めなければきっとって どこかで聞いた通りに

続けていたら やめなきゃいけない時が来た

中略

物語はまだ終わらない 残酷でもただ進んでいく

おいてけぼりの空っぽを主役にしたまま 次のページへ

中略

一人だけの痛みに耐えて 壊れてもちゃんと立って

諦めたこと 黄金の覚悟

今もどこかで飛ぶあの憧れと 同じ色に傷は輝く

 

蛍の光(金色)が自分の中から湧いてきて、それを叶えたいと思って捕まえにいく。それが人として原始的な欲求であり、それがすべてなんだと藤原は言う。色んな人生の分岐点を乗り越えどんな残酷で辛くて目を背けたいことが起きて、立ち止まっても世界は動いている。だから諦めることも大事。それこそが一番光り輝く勇気の光だ。と藤原は甘くない世の中を愚直に向き合いながらでも上手く折り合っていく姿勢を見せている。これはやはり「魔法の料理」から続く大人な姿勢だ。「君の願いは叶うよ」と大人になった自分が子供の自分に言う。幼いころ持っていた何かを失ってしまってもそれも貴重な財産だと語っている藤原がそのまま「firefly」にも表れた。そしてなによりこの「firefly」には「僕」や「君」という歌詞が抜けている。私的な「道」の話ではなくもっと一般的で抽象的な話をしている。この点は前作の「グッドラック」や「友達の唄」とは違う点である。2ビートでギターを少し強めに出して歪ませたこの曲は力強さを増し、久々にギターロックな印象を与えた今作は次のアルバムへの大きな軸になるに違いない。

 

8.活動分析―ファンが望むこと、バンプが望むこと―

21世紀になってから徐々に「踊れる音楽」が世界的に流行していく。それは今の洋楽のみならず邦楽のシーンでも同じ現象が起きている。いわゆるEDM(エレクトロダンスミュージック)だ。比較速い160程度のBPMで4つ打ちのビート。CD不況時代になったおかげで、アーティストが生き残る道はフェスやライブでいかに盛り上がれて集客を見込めるかが鍵になった。客がノリやすくて踊りやすくて憶えやすく皆が同じノリを共有し同じポーズで同じように頭を揺らすことのできる曲が今求められているのだ。バンプがツアーも終えた2013年夏に配信限定で新曲「虹を待つ人」が発表された。ミュージックビデオではメンバーそれぞれが仮装しクラブで客と踊りながら歌うといった内容で、曲調もかなりダンサンブルなナンバーに仕上がっている。今までにないほどシンセサイザーを強調し今現在世界で多く作られているダンスロック寄りの曲調でバンプも時代に合わせた曲作りをし始めたと言える。彼らの変化は歌詞や曲調だけではなく活動も活発になっている。ドラえもんやalways三丁目の夕日、2013年はガッチャマンの主題歌を担当するなど映画のタイアップにも積極的で、「firefly」はバンドとして初の連続ドラマの主題歌にもなった。ファン層も固定し新規開拓がなかなかうまくいかない状況をみかねたのか、彼らの曲を積極的に幅広い世代に届けようと努力している。またライブも積極的に行ったのが2013年のバンプの印象だ。8月9日には彼らにとって初のスタジアムライブとなるベストアルバム発売記念ライブを開催、当日の模様はYouTubeを通じて全編がネット生中継され、また9月9日からアリーナツアー「WILLPOLIS」も行った。ツアー最終日の日本武道館のライブでは2014年3月発売予定のアルバムから1曲演奏し、また10数年歌ってこなかった初期のころの曲「リリィ」(THE  LIVING DEAD収録2000年発売)を演奏するなど、ベスト盤を出した年だからこその振り返りのライブになっていた。

ライブという視点から見ても彼らがどういうライブを求められていて、どういうライブをやっているのかがわかる。「天体観測」で一躍有名になったあとの2002年のツアー「LOVE&PORKIN」ではまだ難波HatchやZEPP TOKYOなど比較的小さなライブハウスでやっていたが、2006年のツアー「run rabbit run」では幕張メッセや大阪城ホールなど、大きい箱に変わっていく。2013年には初の日本武道館でのライブにスタジアムライブ、ツアーもすべてアリーナとトップレベルの集客力を誇る。また演出も年々工夫が練られるようになり、紙吹雪やレーザーはもちろん、ステージ上に大きな幕を張り、その後ろで演奏し影だけ映すといったお金のかかる演出が増える。またステージの真ん中へ行き、360度客に囲まれながら演奏する「恥ずかし島」と本人たちが名づけたスタイルも近年では多くみられ定番化している。彼らも演奏中の煽りで「いくぜ!」といった少々過激な煽りはしない。「泣きそうです。ありがとう」と言うのだ。2012年のツアーでは

「どこまでもストイックな演奏とは対照的に、曲間での4人は至って朗らかで人懐っこくて、常に笑顔だった。最前列に詰めかけたオーディエンスに【大丈夫?】と呼びかける藤原が逆にオーディエンスから【大丈夫?】と声をかけられ、【僕は大丈夫ですよ?だいたい大丈夫じゃなさそうに見えるんですよ。昔からそう】(藤原)【俺もそう!プールの授業とかすげえ嫌で。草むしりしてました】(増川)と昔話で笑い合ったり、【BUMP OF CHICKENも今年33になりまして。33歳になって何が変わったかって、気温差に敏感になった。楽屋でもエアコン設定は28度!昔は18度で素っ裸だったもん(笑)】(チャマ)と年齢ネタでウケをとったり….」

と、彼らはファンと優しく交流しながら、メンバーと仲良く談笑しながらライブをするのだ。ファンも彼らが踊り狂い発狂しているところをみたいわけではない。常にニコニコしていてメンバー同士和気藹々と、所々で感動する言葉や歌を欲している。それは彼らがロックバンドじゃないと言いたいわけではない。むしろその状況こそが国民的なバンドとなるために必要な条件なのだ。同じ方向性の人間ばかりが集まり同じ目的をもって危険と分かりながらそのリスクを顧みず踊る客ばかりでは他の層の客が増えない。いつまでたってもある一定の層のある一定の趣味趣向のある人間にしか受け入れられてもらえないようでは老若男女に愛されるバンドとなるのは難しい。多少激しめなl’arc en cielでもライブでは女性客が圧倒的に多くそのほとんどがボーカルhideの艶めかしく男前な姿を見たいだけである。けっして悶絶ギターソロや高速ドラムソロを聴きに来た人はいない。l’arc en ciel自身もそれを理解しているからライブではいつもその演出が含まれているのだ。バンプも同じである。派手さや過激さはいらない。素朴で微笑ましくて温かいそんなライブを求めているのだ。ミスチルがまさにそのよい例である。

2011年のインタビューでも語るように、大人になりプロデューサーからのリクエストも増え、駄々こねている状況ではなくなってきたバンプは雑誌Musicaで彼らはこう語っている。

「このライブ・ブルーレイを出せたっていうのは、バンドがそういう時期に突入したっていう感じなのかなぁ。僕らは基本的にライブが現場以外のところで観られることに非常に強い不安感を持っていて。で、こういうアイテムが出るっていうことは、それを促すような行為じゃないですか?当然世の中にいっぱいライブ映像が商品化されてますし、僕らにも昔からそういう話がありましたけど、そういうことはやらないで来ました。やっぱり「ライブは、現場で共有し合ってこそのライブでしょ?」っていう考え方っていうのはずっと変わらずあって。同じ質量で、同じ強さでライブに来てほしい訳だから、来てほしいと思えば思うほど・・・・・ね?でもバンドの規模を考えると、いってるだけじゃだめで。中略。いろんなこだわりがあって開けようとしなかった扉を、僕たちが僕たちの中で相反する押しくらまんじゅうの結果、とうとう出す方のこだわりが勝って出すに至った。」

とインタビューでも語るように、彼らの若さ故の表現者としての拘りを捨てる強さと成長をみせている。「ライブは生で見てほしいから映像集はださない」と決めていた彼らも、そういうことをいっていられない立場になったことを自覚している。ベストは出さないと言えた20代でも、自分たちの意志だけでは動かせないほど大きなバンドになってしまった彼らはベストアルバムを出すことにした。奇しくも同じ月に出た雑誌音楽と人でradwimpsの野田も同じようなことをいっていた。わがまま言ってる場合じゃなくなった野田は震災以降に世の中の当たり前について疑問を投げかけてきた。当たり前のように生きて当たり前のように忘れ去っていくそんな人も世間もメディアにも苦しめられていた野田は強い皮肉の歌を唄いつづける社会派バンドとしてここ数年活動してきた。しかしかれが今作出す「×と○と罪と」というアルバムではそういう毛色は薄れていた。もちろん皮肉めいた彼らしい音楽も健在だが、それ以上に音楽性で特化し、持っているバンドの確かな演奏力にアレンジ力を加えた、すこし邦楽らしくないアルバムになっている。野田は「怒りや苛立ちだけで曲にするプロセスは卒業したっていうか。そうじゃない方向に転換できるようにもなった。そういう世の中で自分はちゃんと幸せに生きていたんで。その不条理っていう土台に乗っけられた幸せをちゃんと喜びとして受け止めてたし。グレてる暇はないっていうか。」と言っており、この野田の発言も「成長」といえるだろう。彼も海外ソロデビューという「変化」を果たし、より音楽性に特化した曲作りに目覚めたのである。
 

9.これから

図10 19thシングル 友達の唄

そんな彼らは2014年3月にニューアルバム「RAY」が発売される。その中の一曲の「ray」という歌が、先日のライブで発売に先駆けて披露された。どんな曲かはライブに行った人しかわからないが、RO69の記事によると

【新曲“ray”は、”虹を待つ人”と繋がっているような、シンセ/エレクトロポップ的なギターサウンドと、解放感いっぱいにダンサブルなリズムのアレンジから、バンプが新たな扉をまた1枚開いたことが伝わってくる名曲だ。消えない痛みと、それでも前へ進むことの意味。1回しか聴いてないから歌詞はおぼろげだが、そういうメッセージがまっすぐに胸に刺さってきた】

と評している。「Firefly」と「虹を待つ人」と「ray」には共通した「解放感」や「ダンサンブル」という言葉が続く。またバンプにとって、ここ数年で新たに力を強くしたキーワードがある。光だ。光は夢であり希望であり、どんなものより速く明るい物だ。「Firefly」はまさにその「光」を意味している。「友達の唄」のジャケット(図10)も「光」ありきのものになっている。そして3月12日に発売される「RAY」は「光」「光芒」という意味を持つ。

 

10.総括

BUMP OF CHICKENのボーカル、藤原は1月のROCKIN’ONJAPANという雑誌で今までの自分たちを振り返っている。07年発売のorbital periodには

「メンバーが28歳で天体の公転周期(orbital period)が同じ28年で、そういうのは意識しました。でもコミュニケーションの歌が増えましたよね。メーデーもそうだしひとりごととかもそうだし。時空かくれんぼもそうですね。ちょうど28年で節目なのかと思うと感動して、(同い年の)メンバーも同じ感動を味わってるのかと思うと、いままで一緒に来たこと、これからもずっといたいことを意識するようになった。」

と語っている。10年発売のCOSMONAUTは

「曲を作る場所が変わった。家で書くのをやめてスタジオに行ってたんです。そうするとそこに人がいるんです。で、自分がいいと思ったものをすぐに聴いてもらえる。で、反応が返ってくる。煮詰まることがなくなった。ちょこっと弾いたギターを[それを曲にしないの?]って言われるみたいな。少し開けてる状態だった。この4人でバンプなんだってことを強く意識した。30過ぎてからですかね。今までは一人でやってたのをあーでもないこーでもないとワイワイやれたんで。」

とより仲間というものの存在を大切にする意識が生まれている。その後シングルを「友達の唄」「ゼロ」「グッドラック」と出したときは

「結果的に新しい行動が多めだった。“プラネタリウム”っていう曲(05年発売)で初めてムーグ(現在のシンセサイザーの基盤となるモジュラーシンセサイザーを開発した人の名前およびその製品群)を使ってそれ以降はシンセでもなんでも必要ならやっていこうよっていうスタンスになった。でもそれは今までと同じように、一段階上がっただけ。たとえばギターがマンドリンを使ってレコーディングしてもそれまで応援してくれてた人はあまり何も言わないんだけど、同じ気持ちで一生懸命シンセつかったら、なんか変わったねっていう人はいるんです(笑)。僕はただ音楽を楽しみたい、曲の欲求に対して一番正しく応えられる位置にいたいという思いの表れなので。“友達の唄”以降はそういうライブでも僕らのできる範囲での演出を加えてみたり―ひとりでも多くの人に聴いてもらいたいっていう発想から生まれたものなので。恥ずかし島(BUMP OF CHICKENがライブで行う客席の真ん中で演奏するスタイルのこと)とか紙吹雪とか僕らにそういう発想はなかったけど、[こういうことやってみるのもありじゃない]っていうスタッフの意見を聞いたときにそれで僕らの音楽がもっと多くの人に強く伝わるのであれば試す価値はあるっていうほうに行くので。ライブに来てほしい、音楽を知ってほしいっていう気持ちは昔から変わらないので、それに忠実にやってくるといずれは扉は開かれるっていうことで。劇的な変化に見えるかもしれませんが。」

と、彼ら自身の変化について客観的に語っている。私が今までに述べた変化や、インタビューで言われていた「変わってしまった」はバンプにとっては必然で自然な流れだということを主張している。

 

11.おわりに

バンプオブチキンは1999年のデビュー以来、つねに最前線で歌ってきた。どんなときも中高生の味方で、表現豊かでまだ誰もしたことのないアプローチで2000年代の若者たちを巻き込んで進んできた。しかしその「癖」の強さがあだとなり、大人の心には響いてこなかったかもしれない。色々人に聴いてもらうために他アーティストとのセッションや自主フェスの開催、独立といった行動はとらず常にバンプの曲を作り続けた。しかしそれはいままでのバンプの通説。2010年代の彼らは明らかに変わり始めている。歌詞が抽象的になり、ベストアルバムやライブDVDといった商業的路線も活発だ。バンドサウンドも現代風に踊れる音楽を増やし、いままであまり得意としてこなかったライブにも対応できるような曲が増えた。

もちろん一方で、世間とのずれもなかなか埋まらないのも現実だ。今バンプを聴いている若者も昔聴いていた私のような世代の人間も、踊れて抽象的で夢を諦めた商業的なバンドであってほしいとは望んでいない。だからこそバンプはもがいている。これからバンドの成長として変化は必要だが変化を望まれていない彼らはその二つのジレンマをうまく調整しながら克服していかなければならない。でなければ彼らはいくつになっても若者目線の歌を唄い続けなければならない。そして時代は変わる。バンプの唄う若者像はあくまでも2000年代の若者像だ。2020年も2030年も同じ悩みを若者は持つとは考えにくい。若者は常に敏感で流されやすく新しい価値観や文化をすぐに取り入れることができる。バンプはその若者の変化に乗っていくことができるのか。それが今後の彼らの存続をかけたキーになるだろう。いろんな性格年代ジャンルのひとに愛される「国民的バンド」になるためにもっと幅広い歌を歌うのか。それとも徹底して若者の先頭に立って第一線で歌っていくのか。35歳を迎えるBUMP OF CHICKENは今岐路に立たされている。

 

 

参考文献

BUMP OF CHICKEN 公式サイト http://www.bumpofchicken.com/

Mr.Children公式サイト http://www.mrchildren.jp/

RO69記事http://ro69.jp/live/detail/70072

10-feet公式サイトhttp://www.universal-music.co.jp/10-feet/

Only in dreams公式サイト http://www.onlyindreams.com/

横山健インタビュー記事http://realsound.jp/2013/10/cd-1.html

居場所の社会学 阿部真大 日本経済新聞出版社 2011年8月23日

なぜ若者は「ひとりランチ」をするのか 和田秀樹 祥伝社2010年6月20日

大衆文化とメディア 吉見俊哉・土屋礼子責任編集 ミネルヴァ書房 2010年8月31日

音楽する社会 小川博司 勁草書房 1988年11月30日

戦後日本の聴覚文化 広瀬正浩 青弓社 2013年9月20日

Garbage News売り上げ推移http://www.garbagenews.net/archives/2042419.html

オリコンスタイル 好きなアーティストランキング2013

http://www.oricon.co.jp/music/special/page/775/2/#2

ジャケット写真 ― amazonより

ROCK’IN ON JAPAN 2014/2  2012/2  2022/1

音楽と人 2014/1

MUSICA 2014/1

 

[1] DDNJAPAN記事 http://japan.digitaldj-network.com/archives/51917868.html

[2]ROCKIN’ON JAPAN 2011 vol.377 62~64ページ

 

[3] RO69 BUMP OF CHICKEN @ 国立代々木競技場第一体育館 2012.07.08 http://sp.ro69.jp/live/detail/70072

[4] MUSICA 2014年l1月号 vol.81

[5] RO69               バンプ ツアーファイナルに感極まる。そして新作アルバムは「RAY」!2013.10.29   http://ro69.jp/blog/japan/91341

[8] ROCKIN’ON JAPAN vol.431