アメブロ時代を含め、毎年年末に行っている「年間ランキング」も、無事5年を超えることが出来た。2015年から始めて現在2019年、相当な楽曲数を溜めてきたので、せっかくだし、2015~2019年の5年間で、これは10年代の珠玉の一曲だと思うポップソングを10曲紹介しようと思う。ポップスとはあくまで個人の感覚なのでジャンルを指し示すものではない。あくまで10年代後半の振り返りになればいいなと思っているだけです。ベタで万人が知っている物より、知っている人は知っているけどもっと知られてほしい楽曲を中心にセレクトしています。

ちなみに今までの年間ランキングはこちらからでもみられるので是非。

2015年年間ランキング
2016年年間ランキング
2017年年間ランキング
2018年年間ランキング
2019年年間ランキング

ふぇのたす – 今夜がおわらない(2015年)

https://youtu.be/Vfav27BDlrs

2015年、この年から年間ランキングを実施することになり「JPOPをもっともっと知ろう!」という目標を立て、新譜情報サイトを毎日チェックし、片っ端から聴いていく作業を繰り返していた。演歌だろうがロックだろうが歌謡曲だろうがアイドルだろうが。とにかくすべての時間を音楽に費やし(は大げさだが)、ありとあらゆる音楽を聴いた。そのなかでは笑えないような楽曲もあったり、これプロの音源か?と思うくらいの雑な映像の音楽もあったりと、なかなか素晴らしい物ばかりに出会えるわけでもなかった。でもそうやって出会った良い楽曲やアーティストは本当に宝物だと思うし、そのひとつが、ふぇのたすというグループだった。この「今夜がおわらない」という楽曲で彼らを知って、一気に引き込まれた。ボーカルMICOの存在感もさることながら、サウンドのへんてこりんぷりと懐かしさもあるようなメロディやシンセが大きな魅力だった。残念ながら、彼らを知ってすぐに、メンバーの澤”sweets”ミキヒコが突然の逝去、そのまま活動は停止、解散してしまった。(そのときの私のブログも残っている「ふぇのたすという素晴らしいバンドについて」)
せっかく知ったグループが、新しい曲を出すことなく終わってしまったことはとても辛いが、残されたヤマモトショウはアイドルを中心に多くの楽曲を手掛け、ボーカルのMICOはSHE IS SUMMERのボーカルとしてめきめき知名度を伸ばしている。両者の今後も期待したいところだ。

Awesome City Club – 4月のマーチ(2015年)

https://youtu.be/XZZCTYu24is

Awesome City Clubも、さっき言ったように新譜を聴き漁り始めてからすぐ出会ったバンドで、この4月のマーチは抜群に良い。どれくらい良いかっていうと、私の2015年の年間楽曲ランキングで1位だったくらいに好きだ。バンド自体も好きになって、ライブにも観に行ったし、めずらしくTシャツも買ったし、それくらいにハマるバンドだった。
なにせ歌詞がいい。大人の女性みたいに化粧したり着飾ったりしたい女の子がこっそりお母さんの化粧部屋に入って「困らせてごめんね」とは言いつつも、「いけない子たちと同じにしないで。大人になりたい自由になりたい。だって女の子なんだもん」と弁明するのがなんとも愛らしい。パッと絵が浮かぶ。
これほど自分に関係の無い歌詞に感情移入するのはこれが初めてだったかもしれない。全体的に歌詞が最高。そしてメロディと展開が素晴らしい。いまや変化をドンドン遂げて大きくなったけど、この曲だけはずっとやっていてほしい。忘れてほしくない。これと、ライブで聴いた「僕らはここでお別れさ」はもう最高。絶対聴くべき名曲。


ラブリーサマーちゃん – あなたは煙草 私はシャボン(2016年)

https://youtu.be/0HmFe-OicGY

エモいという表現が陳腐に聞こえてしまうなら、私は彼女のこの曲だけには絶対に使わないと肝に銘じる。でも、冒頭のアコースティックでやられてる(あんなにシンプルで何の変哲もないギターコードなのに)上に、10秒後に入ってくるあのなんとも言えない哀愁漂うサウンドは鳥肌が立つ。そしてリフが死ぬ。あ、死ぬとか言ってしまった。陳腐だ。ボーカルの声がエモい。あ、エモいも言ってしまった。
この曲が収録されている「LSC」は大変素晴らしいが、個人的にはこの曲のせいで他が霞んでいる。もうちょっと、聴けないですってくらいに琴線にバリバリっと触れてくる。題材が突飛とか、共感とか、そういうのは一切なくても、なんとなく同じ景色を思い描いてそうな、そういう力がこの曲にはあると思う。声は可愛らしくウィスパーな感じなのに、違う楽曲ではまた違った一面もあったりと、阿部真央も仰天のふり幅で、そこもまたこの楽曲のピュアさにつながっている。

大人のあなたは煙草
私はシャボン玉

をタイトルで”シャボン”にしてしまうセンスも好きだ。


乃木坂46 – きっかけ(2016年)

https://youtu.be/6W8mmtgeOzY

乃木坂46を選ぶには今更過ぎるというか、そんなの言われなくても知ってるよレベルだと思うんだけど、「シンクロニシティ」とか「帰り道は遠回りしたくなる」とかがこうも世間に浸透して、音楽に興味のない人たちにも知られる楽曲になってしまった以上、やっぱり改めて「きっかけ」は10年代の乃木坂の最高到達地点だと確認したくなる。
とっくにファンの間では名曲扱いで、「乃木坂46は楽曲もいい!」みたいなよくわからない変なまとめサイトにもこの曲が挙げられるくらいだ。
王道の展開と主張の激しすぎないサウンド、その中でひときわ目立つ乃木坂の代名詞でもあるピアノ。すべてのバランスが完璧で、タイトル通りすごく前向きなんだけど、そこまでにあった苦労や悩みがちゃんとサウンドとメロディに含まれていて、気持ちがこみ上げてくる。
でもこれ2016年なんだなと思うとびっくりする。欅坂に一度話題は持ってかれても、いまや王者の風格すら漂うもんね。


Mom – タクシードライバー(2018年)

https://youtu.be/PdDFG4cMT9Q

この曲をTwitterのタイムラインで回ってきて即お気に入りして、友達にラインでおすすめまでしたMomの「タクシードライバー」。まだ当時20歳とかだったはずで、ちょっとずば抜けた才能に開いた口がふさがらない。10年代の一つのトレンドにDIYアーティストがあって、tofubeatsが自分の中では鮮烈だった。同じ関西の、年齢もほとんど変わらない人が、突然売れ出して、いつの間にか森高千里と一緒にテレビとか出てたりして、はえーってなった思い出。他にも広義ではBillie Eillishだってそうだし。ベッドルームミュージックとも言われるジャンルが間違いなく確立されて、いつどこでも誰でもチャンスがあるというのは、日本でもちゃんと岡崎体育がさいたまスーパーアリーナで結果を残したはず。
Momはライブで観たことがあるけど、ライブまでDIY感があって、手製の小道具とか、ちょっと不慣れなMCとオーディエンスの煽り、そして結構真面目にちゃんと歌ってくれるところも含めて好きになれる。ただリズム感が完全にニュージェネレーションで、彼がどれほど音楽に時間を費やしどんな音楽を漁ってきたのかは存じていないが、あれがもし仮に「いや別に人並みですよ」だったらもはや日本人は新しいリズム感を手に入れたのではないかと思う。
もっともっと売れてほしいのでまずは「タクシードライバー」を。


LinQ – ハレハレパレード(2015年)

https://youtu.be/c34H3NcqFWY

ちょっとここで完全な好み(ずっとそうだけど)を。九州のアイドルLinQ。多分だからってなんだって話なのだが、単純に好きだ。別に特別奇妙なフックがあるとか、展開がおもしろいといったところはない。「アイドルは楽曲がすきなだけだから、性的な目とかないから」とかどこか思っていたいけ好かない自分を見事に打ち砕く彼女たちの存在。もう完全に単なるファンだった。TIFで一度見た生ステージ。またいつかどこかでみたいよ。


折坂悠太 – 平成(2018年)

https://youtu.be/D2Db-fDm5R8

幽玄な味わいとブラックコーヒーのような渋み。そこに温かさと懐かしさがあって、ほのかな煙たさが残る、古喫茶店のような居心地の曲。彼の放つ一言一言が重く、身に沁みる。言葉の説得力は、その人の人生経験や信頼度といったところに由るものが多いのだが、折坂悠太は無条件で信用してしまう、というか説得させられてしまう。彼の曲を聴いている間は彼のペースなのだ。
ノスタルジーさはときに自分の音楽的なセンスを鈍らせる。


ネクライトーキー – こんがらがった!(2019年)

https://youtu.be/G7_cFQrQNz8

いまノリにノッているバンドと言えばネクライトーキーもそのうちの一組だ。彼らの2019年の楽曲「こんがらがった!」のもつ破壊力と躍進力は2019年ベストだったと思う。もともとナンセンスな歌詞が所々で散りばめられるようなバンドだが、この曲もそうで、アップテンポかつユニークな音が主張強めで歌詞と共に耳に飛び込んでくるその情報量は処理しがたい。ポップスにおいてのキャッチーさや中毒性は全て備えていて、みんなアガらないはずもない。
聴きやすさといい、馴染むまでの最短距離を走ってくるので、普段音楽をそんなに率先して聴かない人でも受け入れてくれそうな楽曲(クセは強いのだがアクにならないから良い)。ポップスとしての素養が高いバンドだとつくづく思う。数年前はふくろうずに同じような感情を抱いていたのだが、新しい時代には新しいバンドが相応しいなと思い、彼らを選んだ。


西野カナ – パッ(2017年)

https://youtu.be/TSlpJaWLcC8

西野カナをファーストシングルから全部追いかけて聴いてみると、彼女のもつポテンシャルと、持っていきたい方向性が少しずつ固まりだすまでしばらく時間を要したことがわかる。海外のディーバのような深い音楽性を元にリズムを細かく刻んだ歌い方で実力をいかんなく発揮していたころと比べると、売れ出してからこの「パッ」に至るまでのおよそ10年弱はどちらかというと平坦で面白みのない歌い方を徹していたのかもしれない。それは彼女なりの生存戦略であり、ファンベースへの最適化だった。
だが私は全く彼女を卑下するつもりも落胆するつもりもなく、むしろそこでこそ彼女の魅力が開花したとすら思っている。「パッ」はきっと名曲にならないし、後世まで語り継がれる楽曲になるわけでもない。でもその軽薄さがあるから西野カナは愛される。「重い女」みたいなレッテルはあるだろうし、そりゃ熱心なファンは歌詞を一語一句宝物にしているだろう。でもその外に出たときに、いい意味ですぐに忘れてくれるような、次にすぐ向いてくれるような、むしろ軽さがウリだった(もしかしたら彼女はその速いサイクルに疲れてしまったのかもしれない)。それこそポップミュージシャンの使命であり宿命ではないか。だれかの命の一曲になる事より、より多くの人の一週間の曲になるための努力を惜しまない、それがポップミュージシャンの理想的な姿だと勝手に私は解釈している。その点で考えると、西野カナはそれを全うしてきたアーティストだ。けっして陳腐にならず、重たくならない。どこで切ってもちゃんと曲として成立する。現に私はこの曲の間奏にある「ウーベイベッベイベー」のくだりをテレビで一度たりとも聴いたことがない。年末の特番ですら聴いたことがない。それでもいいのだ。それでも成立するのだ。だとしたならなんて素敵な楽曲だ。だれがどんな使い方をしてもクオリティを担保してくれる、これこそポップミュージックの鑑である、といつも私は力説しているのだが、なかなかこの思いは伝わらない。


三浦大知 – 飛行船(2018年)

https://youtu.be/GAk2Evkk9fQ

西野カナとは対照的に、重くて簡単に消費させてくれないのが三浦大知の「飛行船」だ。どこで切ることもできない。常にフルでの開示が求められる。Nao’ymtが作り上げたオリエンタルなサウンドと現代のきらびやかなで奥行きのある世界観。尺八とピアノのコラボレーションは圧巻そのもので、映像ではここに三浦大知の芸術的なモダンダンスが組み合わさる。これはポップミュージックの芸術性を頂点にした場合の優勝者である。よくここまで聴きやすさをしっかりと落とし込めたうえで音楽通な人間ほど唸らされる曲が作れたものだと驚きを隠せない。大衆的に面白みをなくしたものが芸術であり、センスや教養をなくしたものが大衆的な面白さだ、と勝手な認識をしていたのだが、それは見事に覆された。どこに妥協点を見出すのか、がポップスの境地であると思っていたのに、それは三浦大知もそうだし、星野源といった人間にもその前提は崩された。こういうことってできるんだな、最高だな、とシンプルに思う。芸術と違いポップスの寛大な点は、完全に理解しなくても構わないという点だ。正直「飛行船」の理解を半分もしたとは言い難い。おそらく考察サイトなどを見ればこんなチンケな文章より数倍豊かな言語表現で彼の作品のすばらしさをつぶさに表しているだろう。でもポップスには「なんかわかんねえけどすげえ」が許されるのだ。この「なんかわかんねえけどすげえ」はバカっぽく聞こえるが、積み重ねることで、ある程度の教養や含蓄は鍛えられていく。言語化できなくても良し悪しの取捨選択ができるようになる。ポップスに新しい境地を提示した「飛行船」は10年代の最高作品といっても過言じゃない。



以上、10年代後半のおすすめ10曲を挙げてみた。なるべくバランスよく知名度もバラバラなものを選んだつもりだ。振り返る機会になればいいなと思う。