仕事とエンターテインメント

毎日を過ごしていると、いかにこの世の中がビジネスで成立しているかうんざりするほど思い知らされることが度々ある。当たり前の話だし、みんな働いて飯食って遊んで生きてるのだからなんのおかしなこともないはずなのに、でもそれを目の当たりにすると「うわぁビジネスばっかだなぁ」と感じてしまう。当然、私も働いている。

ただ、エンターテイメントは、時にその感覚を忘れさせてくれる。まるで彼らがやりたいことをやり、好きなように自由にやっていると錯覚する。それは半分正しくて半分間違っている。中には本当に好きなこと、そして本心で良いと思うものだけを作り演じ発表してお金を稼いでいる人もいれば、自分の好みではなく、リクエストに応える形でスキルを活かしてお金を稼ぐ人もいる。そのどちらもが0か100かではなく、バランスをとりながら作り上げているのがクリエイターだ。まれに振り切った人もいるが、クリエイターの冥利に尽きるのはむしろそういった好みとリクエストのちょうど良い折衷点を模索することかもしれない。

 

 

タイアップの利害

音楽にはタイアップというシステムがある。企業CMやアニメ、ドラマに映画と様々なタイアップがあるが、それはアーティスト側にとっても企業側にとっても非常に有益な仕組みである。話題性の高いアーティストに曲を作ってもらえれば企業やコンテンツ、商品の知名度が上がるし、アーティスト側としても有名なコンテンツなどのタイアップに抜擢されれば知名度やセールス、ライブの動員にまでつながる。

ただ、それがいつも無条件でほめたたえられるものかというと、そうでもないと私は思っている。例えば日本の最新映画は基本的に主題歌がタイアップになっている。その映画のためだけに書き下ろされたものが常に用意される。しかし、海外の映画を見てみると、意外と既存曲を使用することが多い。その映画にふさわしいと製作者が思える楽曲をあてはめる。無理にわざわざ新しく曲を作ってもらう必要がない。結果的に大した曲にならずに主題歌にされるより、もうすでに評価されている名曲を主題歌にした方が確実な面もある。

たしかに全国公開される規模の映画は大きな商機である。そこで仕事を生むことは大切だ。とはいえ、仕事の奪い合いになり結果的に意味不明なキャスティングになってしまう例は今年もどこぞのス〇イダーマンで起きているので、タイアップとは罪深いなあとつくづく思うのだ。

 

 

無駄なリクエストは必要か

もう一つ視点を変えて話すと、アーティストはタイアップの時にコンテンツに寄せ過ぎている。それが企業からの要求なのかアーティスト側の媚びなのか、それともユーモアなのか、それぞれの事情と出来上がった作品のクオリティ次第になるのだが、ここは「企業がアーティスト側にリクエストしている」という例をみてみる。

この議題について考えるたび思い出されるのは、クリープハイプの「憂、燦々」だ。

 

MTG:「憂、燦々」はすごくポップで完成度が高い!

尾崎:でも、作るとき、すごく制限があって。

EMTG:えっ? 制限って?

尾崎:去年の9月にCMの話をもらったときに、サビの歌詞の♪憂、憂、憂、憂、憂、燦々♪のところの“憂”の回数が、もう決まってたんですよ。

EMTG:CMだと、そういう場合もあるね。

尾崎:プロデューサーの浅田(信一)さんと、Bメロとサビを10日間で3バージョン作って、CM制作のスタッフに弾き語りでプレゼンテーションしました。

クリープハイプ、現在CMでオンエア中のシングル「憂、燦々」をリリース!

ここで思うのは企業の要求だ。果たしてCMソングにそんなに「憂、燦々」と言わせる必要があるのだろうか。ある、と判断したのは資生堂であり広告代理店の”エリートサラリーマン”なのだろうが、今一度その正当性について考え直したい。

蒼井優が出ているから「ゆう」を連呼させ、アネッサという日焼け止めの商品から”SUN”を入れ込んだのだろうが、なにかそれに具体的な宣伝効果は彼らの表現の制限を行ってまで得られたのだろうか。彼らのファンでもないが憂慮してしまう。普通にクリープハイプに歌わせるだけでも十分宣伝効果はあったのでは。おそらく会議の中で「なにもしないでただアーティストにオファーする」というのがビジネス上あまり積極的な姿勢でなく、なにか社内プレゼンする際に目玉となる題材が欲しくなり、そのためにつけた要求ではないだろうか、と邪推してみる。たしかに、クリープハイプさんにお願いしたいと考えております!だけより、「蒼井優さん出演で日焼け止めのCMということもあり、”ゆう”と”SUN”にしましょうよ」という案が”できるビジネスマン”の思考なのかもしれない。

他に例を挙げるとすれば、最近CMでよく流れているミンティアにSnow Manが起用され、見事なダンスを披露している。

Snow Manがシュガーレスタブレット「ミンティア(MINTIA)」の新イメージキャラクターに就任。メンバー9人が出演するテレビCM「瞬感ミント打法ダンス」編が明日3月11日(金)から全国放送される。CMでは新曲「REFRESH」に乗せて、メンバーがミンティアを製造する作業工程「瞬感ミント打法」をイメージしたスピーディなダンスを披露。振り付けを担当した岩本照はワンカットの撮影が終わるたびに真剣な表情でモニターを確認し、メンバー1人ひとりにアドバイスを送っていた。岩本は振り付けでこだわったポイントについて「『瞬感ミント打法』っていうキーワードを聞いてたので“凝縮感”とか、『REFRESH』という楽曲だったので食べた時の爽快感をSnow Manで表現できるといいな、と思って作りました」とコメントし、佐久間大介はこの振り付けのことを「やっぱりここ(手を上下する)の振り付けがとても印象的じゃないですか。プレス機みたいなイメージなので…『プレスダンス』」と命名。

Snow Manが「ミンティア」イメージキャラクターに就任、CMで岩本振り付けのプレスダンス披露

これはダンスありきのコラボ案件なので「そういうもの」といえばそれでおしまいだし、多分Snow Manのファンは熱狂的なのでミンティアは買ってくれる。ダンスがあればそれをまねしてついでにハッシュタグなんかもつけてインスタやTikTokに投稿してくれればミンティアがトレンドにもなる。というのは容易に意図も理解できるが、ふつうのダンスではだめだったのだろうか。無理に何か独自性、コラボすることの意味を見出しすぎてないだろうか。あまりにビジネス目線なダンスは興味が薄れてしまう。仕事としては当然の流れなのだが、エンターテインメントとしてはいささか退屈だ。

タイアップならもう逃げも隠れもせずやってやろう、というスタンスのアーティストもいる。キュウソネコカミのポカリスウェットへのタイアップ曲はそのまんま「ポカリ伝説」だ。

マジかよやったことがある!アルコールのポカリ割り飲んで武勇伝

マジかよやったことがある!まるで悪魔のカクテルかの如く騒ぐ

マジかよ言ったことがある!「いやーポカリはやばいて!お前めっちゃ酒回るぞ!!」

マジかよ言ったことがある!事実無根だった それただプラシーボ

ポカリ伝説

ここまでおおっぴらげに商品名をいうならむしろすがすがしく、そういう曲として聴くこともできる。

 

 

例えば星野源と任天堂のコラボ「創造」は、星野源の変態的な任天堂への愛とプロフェッショナルさ、そして図抜けた才能で見事な作品を作り上げた。任天堂があそこまで指示したはずもなく、非常に稀有な例だろう(そしてごくごく限られた人にしかできない天才級の作品だ)。

新作映画は新曲を売り込む格好の機会、タイアップは曲に企業の名前やダンスに企業のモチーフを入れ込む格好の機会。それはどれも”政治的に正しい”が、本質的に必要なものである場合は少ない。そしてそれがうまく機能しない場合はより悲惨だ。お互いに媚びて駄作が仕上がるそのざまは目も当てられない。

タイアップとは

海外でもBillie Eilish が007の主題歌として「No Time To Die」をリリースしたりと、タイアップ(とは呼ばないが)の文化自体はある。当然007やらマーベルやらの作品になるとその話題力は計り知れないものであり、誰しも一度はその座につきたいと思うはずだ。

とはいえ、じゃあ食品のCMだから商品名を入れて、とか、企業コラボだから企業名に空耳するような単語を使って、というオファーがどれほどの意味を持つのかわからないしファンとしたら後々それを聴く羽目になるのもなんとなく不憫だ(むしろ企業側はその状況を喜んでそうだしそれを狙ってすらいるだろう。なんだったら「それこそが正しいマーケティングだ」すら思っているだろう)。

ぜひコラボの際には、そのねじ込みワードやねじ込みダンスがスベってないかよくよく検討の上、必要最小限にしてほしいなあなんて個人的には思う。