先日放送されたキングオブコント2017において、超新星として現れたコンビがにゃんこスターだった。自由奔放なネタ、決してお笑い芸人とは思えないクオリティ、でもなぜかクスッとしてしまう、そんな男女コンビは結成5ヶ月でキングオブコント準優勝という華々しいキャリアをスタートさせた。

そんなにゃんこスターが実は付き合っているというニュースが流れた。
それを聞いた時、不覚にも納得してしまった。全てにおいて合点がいった気がしたのだ。

 

ああ、だからあのネタができたのか。

 

そんな思いに駆られた。ネタを見た時、あのゆるい空気感がTwitterと近しいものであることを知覚した。かまいたちやジャングルポケットのような、いかにもお笑い芸人が考えたような緻密さが全くない。まるでA4の自由紙にラフで書いたような雑な構成。発想も突飛ではない。なわとびダンスというフリ、Aメロで上手に跳びBメロでスピードアップする。そしてサビで跳ばないというのはいかにも古典的なパターンである。
しかしそれが逆に小難しさを取っ払い、むしろ定番を楽しむ、吉本新喜劇のような空間ができた(だからこそあの後のアキナのコントが真逆の先の読めない構成だったため点数が伸びなかった)。

それはまるでTwitterのようだ。Twitterでは日々新しい定番が出来上がる。「おちんちんランド開園」であったり「拳で」や淫夢語など、定型化されたパターンがあちらこちらで繰り広げられそして気に入られている。
待ってました!こそがTwitterの醍醐味である。もちろん、斬新で見たことのない新しい発想のものも人気であるが、それはバズったツイートそのものであり、定型化はそれに付随するリプライで繰り広げられているのでそれとこれは別問題である。

 

そんなにゃんこスターのネタ、付き合っていることに妙な納得をしてしまったのは、紛れもなく「付き合ってるからこそのクオリティ」だったからだ。確かにあんなネタ二人が好き同士でなければ人前で披露しようなんで思わない。恋は盲目とはよくいったもので、まさに盲目どころか難聴でもあるらしい。甲高い声、繰り返すパターン、サビでの顔つき、そりゃ恋に落ちてりゃ全部が愛おしいはずだ。
かといって別に彼らの笑いを批判するわけでもつまらないと言いたいわけでもない。ただ、彼らの「好き同士で作ったゆるいネタ」が世間とマッチしただけだ。空気感がピタッとあってしまった。

 

空気感がピタッとあうということは、今世間もゆるい空気感だということなのだろうか。それにはそうだと断言することはできないが、少なくとも「まずは自分たちが楽しまなきゃ」という精神が広がっているのは確実である。ストイックに身を削って表現する時代じゃない。やるならまずは自分たちが楽しんで好きでやってなきゃ受け手はしんどくて見ていられない。そんな潮流があるのではないか。
音楽業界に話を移す。かつてCoccoやエレファントカシマシ、時代を経てBUMP OF CHICKENといった身を削ったアーティストが持て囃された時代があった。それこそがアーティストだった。しかしアイドル全盛期の2010年前後から、そのアイドルと共に「親近感」がキーワードになった。なるべく自分の出自を明らかにさせ、その辺のどこにでもいる人であることを認識してもらう。そこから笑いが生まれる。まずは自分たちが面白いと思ってて「好きでやってるんです」が前面に溢れ出ている。キュウソネコカミにしろヤバいTシャツ屋さんにしろ岡崎体育にしろ。まずは自分たちが楽しむ。それこそがバズるポイントなのである。

もちろん今も全身全霊で歌い歌詞に意味を込めに込めて惹きつけるタイプのバンドがいないわけではない。BLUE ENCOUNTやSUPRE BEAVERなどがそれに該当する。音楽業界をたったひとつの言葉でまとめることなどできない。それは理解しているが、おおきなメインストリームとしてそのような雰囲気がある気がする。

仲良くないバンドは人気出ないよ。メンバー同士がイチャイチャしてBLに歪曲されて絵がツイッターにあがるくらいになるまで密にした方がいい。曲よりも「楽しくて仲が良い」方が売れたときにファンが定着しやすい。のかも。

 

あ、あとかわいい女の子に無表情で躍らせるMVもついでに

インディーズバンドに告ぐ、MVにおける禁止事項