2020年の台風の目、瑛人

瑛人。”えいと”と読む。2020年ベストヒットのひとつである「香水」を歌う男性アーティストだ。

どのくらいの人がどこからヒットしているのか知っているのかはわからないが、いわゆるSNSからバズったタイプの、音楽ライターや評論家とか音楽シーンについて語る人なら喜んで飛びつくトピックを提供したアーティストである。

自分で活動する全くのインディペンデントアーティストながら、Apple Musicのソングチャート「すべてのジャンル」でKing GnuやOfficial髭男dism、LiSAといったメジャーアーティストを抑え1位に。また、LINE MUSIC TOP 100のウィークリーチャートで1位、さらにSNSでの話題楽曲チャートSpotify JapanバイラルTOP50でも1位をマークするなど (※追記:その後2020年5月7日にはSpotifyグローバルのバイラルTOP50でも1位に)、まさにジャイアントキリング、ストリーミングドリームを起こし続けている。

瑛人が話題になったのは今年初頭。Tiktokでカバーする人が増え、FANTASTICS from EXILE TRIBEの中島颯太が「香水」のカバー動画を上げるとそれが大きな評判となったのも大きなムーブメントのきっかけのひとつである。

おそらく多くの人が、この現象を去年のアメリカのLil Nas Xで喩えるだろう。確かに両者ともSNSを通じでバズったアーティストである。しかし多く違うのは、Lil Nas Xはどうすればバズることができるのかを研究し、巧みに操作していたのに対し、瑛人は全くその意図も知識もなく、完全なラッキーパンチであったという事だ。打算性の低さ、これも瑛人のパーソナリティのひとつと私は捉える。

MVもしかり、曲作りは至ってシンプル。触発される部分もシンプル。その真っすぐさは、彼が学生時代熱中していたという野球へとつながる。

野球と音楽

スポーツと音楽、ここになんの相関性があるのかを見出すのは容易ではないが、少なくとも無関係だと言い切ることは難しいように思う。それはいまだに野球選手のファッションがチンピラのような一般受けの悪いものであふれているという事実ともつながる。スポーツは単独事象ではなく、ファッションやカルチャーとももちろん密接に結びついている。

野球少年にはなぜか真っすぐな歌が好まれる。だからGreeeenだってファンキーモンキーベイビーズだって野球ソングとして愛聴されてきた過去がある。白球、真夏、泥まみれ。この屈託のない、まるで疑うことを知らない少年たちの心をつかんで離さないのは、至ってシンプルなメッセージである。「がんばれ」「あとひとつ」「栄光」。それらの言葉は彼らを駆り立て、一方でその温度感についていけず断念した私のような人間は冷ややかな目線を送る学生時代を過ごしていた。それはそれで卑屈だと思う。

あえて対比させてみるが、サッカー少年たちはどうだろうか。彼らもまた同じようにファンキーモンキーベイビーズが好みなのだろうか。

ここで持論を持ち出してみるが、サッカー好きはミスチルが好きである。というか、サッカー日本代表はミスチルが好きである。ミスチルの自己啓発的なメッセージとサッカープレイヤーの自己研磨の姿勢は親和性が高い。中田も、長谷部も、ミスチル好きを公言している。
その話は宇野維正氏とレジー氏の共著「日本代表とMr.Children」でも詳しく書かれている。

要するにサッカー選手は自己研磨に熱心だ。自分にタスクを課し、より高い壁を越えようとトライする。それがミスチルの自己啓発的な部分と共鳴する。
一方で野球選手はチームワークに熱心だ。ともに成し遂げる喜び、相互扶助の精神が豊かである。だから仲間やチーム、絆といった言葉が好まれる。

という私の根拠なき持論だ。

話を野球と音楽に戻す。なぜ野球少年の多くはこの道をたどるのだろう。もちろんそうでもない人たちがたくさんいるのは承知しているし、母数が多いことへの指摘もあるだろう(例えば小袋成彬は学生時代は野球少年だった)。ただ、この瑛人の野球少年っぽさはなんだろう。悪く言えばバカっぽい、良く言えば純朴で真っすぐな、妙にひねったことを言おうとするとスベってしまう危うさを持ちうるのはなぜだろう。

ーー周りの方に恵まれた部分もあったんですね。先ほど大塚愛さんの「さくらんぼ」が最初の記憶という話がありましたが、影響を受けたアーティストは?

瑛人:平井大さんと清水翔太さんです。

ーーなるほど。特に思い出深い曲はありますか?

瑛人:清水翔太さんの「HOME」! 僕が小学生の時に兄貴が歌っていて好きになって、カラオケで絶対歌う曲です。

野球をする人が本質的にその性質を持っているとは思わない。事実わたしもずっと野球をしてきたが、その性質とは真逆の人間である。そういう人も多いと思う。
ただ、環境によって影響されることはあるだろう。野球チームに入ると、その伝統が受け継がれる。仲間思いで絆やチームを大切にする価値観は後輩に引き継がれていく。好きなアーティストは知らず知らず継承され、ファッションも受け継がれる。それは意図しなくてもその環境に身を委ねているだけで起こることだ。

野球少年たちのあの暑苦しさすらある一体感と、恋愛は真っすぐがセオリーのような鬱屈した感情を持たないクリーンな姿勢は人として本来あるべき姿のような気もするし、いつもそのはざまで思い悩まされる。


彼の他の曲にもフォーカスしてみる。冒頭からタイトルコールする「HIPOHOPは歌えない」は

HIPOHOPは歌えない
俺はリアルじゃないからさ

と吐露する。

瑛人:人と一緒にいるときに生まれることが多いです。「HIPHOPは歌えない」という曲は、僕が働いているハンバーガー屋のオーナーの言葉を受けて書いた曲で。オーナーはすごいHIPHOPな人で、“漢”という感じがしてかっこいいんですよ。僕はオーナーから「お前はリアルじゃねえんだよ」みたいなことをよく言われるので(笑)、HIPHOPは本当に“漢”で、ワルっていうイメージがあって、僕はそうじゃないな、と。だから「HIPHOPは歌えない」と、本当にそのまま思ったことです。そうやって人と話したり、何か刺激的なことがあったりした時にできることが多いです。ほぼほぼ自分の経験からですね。

彼にヒップホップの素養があるとも思えないし、カルチャーへの深い造詣があるようにも感じない、でもそのイメージで、俺にはHIPOHOPは歌えないよと断言してしまうピュアさがある。「好きなことを歌っているんだ、思いのままに歌ってるんだ」というメッセージは世間との相性はいい。音楽から遠い遠い人たちの方がハマりやすい。

そう考えると彼のヒットがそこまで不自然なことに思えなくなってくる。もちろんヒットが予想できたなんて口が裂けても言わないが。

おわり

何度も言うがこれらは私の個人的な偏見であり、何らかの事実に基づく分析などではない。彼をどう捉えようが自由だし、自由だからこそ私はこのような捉え方をした。ひねりのない真っすぐな失恋ソング、そして綴られる丁寧な描写。匂いをテーマにするのは確かにあまり多くない手法で、インパクトは大きい(宇多田ヒカルの「最後のキスはタバコのFlavor~」然り)。

「香水」がいい曲なのか駄曲なのかは個々で判断すればよいが、私はこのそこはかとなく香る匂いが、ドルチェアンドガッパーナのものではなくて野球部の匂いだったことを気付けたことに何より安堵した。